賭博の作法《『蔦屋』著者谷津矢車氏特別寄稿》
うちの死んだばあちゃんが、子供時代の僕に言い聞かせた言葉があります。
「趣味で博打を打つ人間は三流、一切博打を打たない人間は二流、そして自分の仕事で博打を打つ人間は一流」
この話、とてもじゃないですけど競馬場じゃあ口に出来ません。なんてことを言うんだばあちゃん! ……あえてフォローさせていただけるのなら、病気で倒れたじいちゃんに代わって家計を支えて三人の子供を育てた人なので、うちのばあちゃんは博打なんていうものとは縁が遠い人でした。時代のこともあったでしょう、そもそも女の人は博打なんてものから遠い時代でした。
そんなばあちゃんの人生訓を背中に聞いていた子供時代の僕は、ずっと二流を目指していました。いや、だって、子供時代の人間にとって「仕事」っていうのは遠い出来事です。父親が仕事をしていましたけど、その内容なんて分かりはしないのです。子供ながらに、『どうやら大人というのは会社というところに行って仕事というものをしてくるらしい』と適当な理解をしてました。なので、『博打というものを打たなければ人並みに生活できるのだろう』と考えて、博打らしきものを打つことなく小学校から大学時代までを過ごしました。
ばあちゃんの言葉が途端に頭をもたげてきたのは、社会人になってからのことです。
東京の私大を卒業して、仕事というものを始めてみた時に、ふとばあちゃんの言葉を思い出したのです。
「仕事で博打を打てる人間が一流、かあ……。そんなこと言ってもなあ、打ちようがないよなあ」
それが社会人一年生の僕の感想でした。
仕事っていうのは一人でするものではありません。社員っていうのは会社という一つの精密機械の中に組み込まれたパーツの一つ、いうなれば交換可能な歯車みたいなものです。最初は青雲の志を胸に頑張ってみても、気づけば歯車としてくるくる回るだけの仕事をさせられて、あの頃の青い思いなんてすっかり忘れてしまうものなんです。歯車に求められているのは部品としての正確性と、精密機械のモーメントを支えるための力の伝導くらいのものです。
要は、僕は仕事で博打が打てない人間らしかったのです。
なので、社会人一年生であった僕は趣味で博打を打つようになりました。僕の趣味、そう、小説です。学生時代から文章を書くのが好きで、好きな漫画の歴史考証・SF考証をまとめたり、それが昂じて小説を書いたりしていた僕は、会社で博打が打てない鬱憤を小説で晴らすようになったんです。
かくして僕は、ばあちゃん言うところの「三流」になり下がったわけです。
さて、時計の針を少し今のほうへ戻しましょう。
数年前、僕はプロの小説家になりました。
アマチュア小説家をしていた中、たまたま挑戦した公募で拾われてプロデビューさせていただきました。辣腕の編集様や時代にも恵まれて、出させていただいたデビュー作もまずまずの評価を頂いた頃、「二作目を書かないか」ということになりました。
この時、僕の脳裏にかすめていたのは、ばあちゃんの言葉でした。
もう僕にとって、小説を書くという行為は趣味ではなくなっています。楽しいことには違いありませんが、クライアントの依頼を受けてやることである以上、これはもう僕の仕事です。であるからには、もう僕は三流には戻れません。あとは、二流で茶を濁すか、一流を目指すか。
一流を目指そう。僕はそう思いました。
そこで、第二作目の構想を練る際に、「仕事で博打を打っていた男」を探しました。どこかの時代、己の生業で博打を打っていた人が居るんじゃないか。その人を描くことで、僕もまた、一流になれるんじゃないか。そんな気負いを抱きながら本を読む日々だったのです。
戦国大名? 確かに博打を打っているようにも見えますが、彼らって思いの外堅実です。勝負の運と言われがちな戦争行為を生業にしている戦国大名たちだって、よくよく見てみれば年貢の徴収だの家臣団の掌握だのとかなり堅実な仕事をしています。戦争行為だって、よっぽどのことがない限り勝算があるからこそ出撃するものです。
と、そうやって悩んでいたところ、当時の担当編集様が助け舟を出してくれました。
「商人とかどうですか?」と。
そのヒントを元に探してみたら、ビンゴ。いたんです。
江戸時代中期のバブル時代とも言われる田沼時代に現れた若い本屋さん。まずは大書店の下請けとして駆け出して、やがて大書店の権勢が衰えたのを機にその書店が抱えていた作家さんを自分の手元に引き寄せて(註:当時の本屋は出版業もしていました)地歩を固めた後に、これはと思った新人作家を売り出して大成功させます。後世から見ればその作家さんたちの成功は歴史的事実ですが、当時は海のものとも山のものともつかない若者たちでした。
おお、仕事で博打を打ってるぞ! あ、そういえばこの人、小学生の頃に『堂々日本史』(註:十数年前にやっていたNHKの歴史系番組)でも取り上げていたぞ……、と芋ずる式に思い出してこの人を書くことになりました。
その男の名前は、蔦屋重三郎。
そして、その男を主人公にして書いた小説こそが、「蔦屋」。
仕事で博打を打った男の小説。僕の小説家としてのスタンスがこもった小説です。
さあ、小説で博打を打つとしよう! 今日も明日も、これからも。
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