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【クリエイター探訪 (池口ノート)】著者、デザイナー、編集者……クリエイティブな人々を徹底取材! クリエイターたちは何を考え、どのように作品と向き合っているのか? その人となり、作品の見どころ、衝撃的な経験、特異な仕事術など、クリエイティブな人々の日常に迫る! ノンフィクションライター 将口泰浩さんインタビュー前編(取材・記事 池口祥司)


記者ならではの衝撃の経験
――ノンフィクションライター 将口泰浩さん

「クリエイター探訪」(池口ノート)の初回は産経新聞社で山口支局長、編集委員などを歴任され、現在はノンフィクションライターとしてご活躍されている将口泰浩さんの記者時代のご経験についてお聞きした。(取材・記事 池口祥司)

プロフィール:
将口泰浩(しょうぐち・やすひろ)
1963年、福岡県生まれ。ノンフィクションライター。
1989年、産経新聞社入社。社会部、経済本部、山口支局長などを経て、社会部編集委員に。2015年、産経新聞社を退社。
著書に、『未帰還兵 六十二年目の証言』『チベットからの遺言』『「冒険ダン吉」になった男 森小弁』『キスカ島 奇跡の撤退 木村昌福中将の生涯』(以上、産経新聞出版)、『魂還り魂還り皇国護らん 沖縄に散った最後の陸軍大将牛島満の生涯』『戦地からの最期の手紙 二十二人の若き海軍将兵の遺書』『アッツ島とキスカ島の戦い 人道の将、樋口季一郎と木村昌福』(以上、海竜社)、『極秘司令 皇統護持作戦 我ら、死よりも重き任務に奉ず』(徳間書店)など。

 

■高校球児はなぜ、記者となったのか?

池口:今日はお忙しい中、ありがとうございます。

将口:PHP研究所を辞められてから送別会できていなかったからね。新しい職場はどうですか?

池口:仲間に支えられながらなんとかやっております。私の話はさておき、今回は将口さんの記者時代のお話や文筆活動についてお聞きできればと思っています。最初に、新卒で産経新聞にご入社されたとのことでしたが、なぜ、新聞社だったのでしょうか?

将口:もともと高校時代、野球やっていたんだよ。もちろん、プロになれる実力はなかったんだけれど、野球に関わる仕事をしたいとは思っていて、当時、私が通っていた高校が伝統校ということで、記者の人が取材に来ているのを見て、これはいいなと思ったのが、きっかけ。アナウンサーもいいなと思っていたけどね。

池口:え! アナウンサーですか。

将口:あとは、7年も大学に行っていたから、マスコミ以外に選択肢がなかったというのもあって、最後は産経新聞社と読売新聞社とNHKのディレクター職が残っていて、最初に内定をもらった産経新聞社に入社したんだよね。

池口:産経新聞社には記者職として入社されたのでしょうか。

将口:そうそう。職種別の採用だったからね。

池口:新人は最初、警察関係の仕事から始めると聞いたことがありますが、本当なんですか?

将口:うん。警察官はある種特殊な人たちだから、仕事をスムーズに進められるか否か、どの程度その世界に食い込めるかどうかが大切なんだよね。ただ最後は相性があうことどうかっていうのも重要で。

池口:実は私も産経新聞社受けて落ちた記憶があります……。

将口:そうだったの? 私のときは、採用が多い時だったからね。

■留学試験を諦め、アフガニスタンへ

池口:新聞記者時代のご経験で、ご記憶に残っているものはありますか?

将口:いろいろあるけれど、アフガニスタンの経験は衝撃的だったね。本当はアフガニスタンに行くのではなく、別の国に留学しようと思っていたんだけど……。

池口:なぜ、留学しようと思われたんですか?

将口:当時、仕事がおもしろくなくってさ。会社の制度を使って留学しようと思って、その試験の準備をしていたら、911が起こったんだよ。それで、部長から、「将口君、アフガニスタンに行くか」と聞かれて、「行きます!」と答えたんだよね。とはいえ、部長は私が留学したがっていることも知っていて、「でも、11月にある留学制度の試験受けられないよ」と言われちゃって。でも、有事にアフガニスタンに行くなんて経験普通できないから、「行きます!」と手を挙げたんだよね。

池口:最初はアフガニスタンのどちらに?

将口:空爆後にカンダハルに入る予定だったから、イスラムバードを経由して、ペシャワールに待機。ペシャワールは小さな街なんだけれど、外国のメディアが300人くらいいて、泊まるところが足りないから、民家みたいなところを借りて滞在していたよ。

池口:将口さん、現地でのコミュニケーションはどうされたんですか?

将口:英語があまりできないからね。他の日本から来た記者も英語が苦手な人が多くて、そうすると、英語ができるアメリカ人とかとは仲良くなれないのよ。逆に、英語が得意ではないイタリア人とかスペイン人とかとは自然と仲良くなって。そのなかにいたイタリア人から、30万円くらい払えば、オマル氏のインタビューできると誘われて、思わず「行きたい!」って言っちゃって。
でも上司に連絡したら、「絶対ダメだ」「自分のお金でもいいので……」「それでもダメだ。許さない!」と止められてさ。泣く泣く諦めて……。

 

■還ってこなかったイタリア人記者たち

池口:オマル氏にインタビューできるというのは、信じてもいい話だったんですか?

将口:当時、街にはそういうコーディネートを持ちかける人がいっぱいいてね。「ビンラディンに会わせてやる」「オマルに会わせてやる」とか。おそらくほとんどが詐欺みたいなものだったと思うんだけど、イタリア人記者からランクル5台でみんなで行くって言われて、興味を持っちゃったんだよね。でも、上司の許可が下りなかったから、結局、イタリア人たちがランクル5台で出発するのを見送ったんだよね。

池口:彼らは取材に成功したんですか?

将口:それがさ。誰も帰ってこなかったんだよ。一人も帰ってこなかった。

池口:え!

将口:こんなこと本当にあるんだなと思ったよ。当然、オマル氏のインタビューなんて出てこないし、誰も帰ってこない。

池口:壮絶ですね……。日本のメディアが人命第一だったからこそ、今、将口さんとお会いできているんですね。

将口:まあね。それで、二カ月くらい経って、空爆のあとに、みんなの遺体が見つかったということはあったんだよね。日本人の感覚としては「記者は殺さないだろう」という甘い考えもあって、でも、やっぱりすごいんだよ。あの人たちの命の取りようというのは……。

池口:初回から、衝撃的なお話を伺ってしまいましたが、次回は、なぜ文筆活動を開始されたのかについてお伺いできればと思います。

 

……後編へ続く


【インタビュアー】池口祥司(いけぐち・しょうじ)

1984年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒。
2008年、株式会社PHP研究所入所。第一普及本部東京普及一部(書店営業)、企画部、特販普及部を経験後、ビジネス出版部にて7年間累計100冊以上のビジネス書の編集に携わる。2018年、天狼院書店に参画。
担当した書籍に『経営者になるためのノート』(柳井正著)、『YKKの流儀』(吉田忠裕著、出町譲取材・構成)、『アマゾンが描く2022年の世界』(田中道昭著)、『大人はもっと遊びなさい』(成毛眞著)、『挫折力——一流になれる50の思考・行動術』(冨山和彦著)、『史上最強のメンタル・タフネス』(棚橋弘至著)などがある。

 


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