【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第2回:工場夜景—— 煌めきの向こう側(四日市コンビナート)
2021/08/03/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
日が暮れて工場の明かりが灯ると、オレンジや緑の光が水面にゆらゆらと揺れ出した。はやる気持ちを抑えながらライフジャケットを着用し、クルーズ船に乗り込む。船内に座っている乗客はまばらだ。皆、後方のデッキに立ってカメラを構え、ベストショットを狙っている。海から見るコンビナート内のタンクや蒸留塔は、陸から見るのとは違う迫力がある。ガイドの案内に耳を傾けながら、明かりをまとう工場群をカメラに納める。そして最後にクライマックスがやってきた。
「わぁ、きれい」というだけではない、何か胸が熱くなるような気持ちがするのは、それが「ただの明かり」ではないからなのだろう。
「私たちは工場夜景を鑑賞するとは言わないんです。観賞すると言っています。鑑賞ではなく観賞。なぜなら、工場夜景は作品ではないからです」と四日市観光協会の落合さんは強調した。
四日市コンビナート夜景クルーズは今年で12年目を迎える。すでに3万人以上の人がクルーズを体験したという。一過性のブームで終わらず、今や四日市の主要な観光資源となっている。そこには「ふるさとである四日市のために何ができるか」を考える人たちの、それぞれの想いが詰まっていた。
落合純二さん
一般社団法人四日市観光協会事務局次長
夜景クルーズの企画段階から、コーディネーターとして行政、関係機関、観光事業者との調整に奔走し、クルーズ観光の立ち上げに貢献。現在も観光サービス向上のための改善業務、全国への工場夜景の普及活動を担うほか、自身も夜景クルーズのボランティアガイドとして活躍中。
誇りを持てるふるさとにしたい
四日市と言うと、「公害の街」というイメージが今でも残っています。それで、四日市出身者の中には出身地を聞かれた時に「四日市です」と言えない人がいるのです。「四日市」と答えた時に、「あぁ、あの公害の」と言われるのが嫌なのだそうです。自分のふるさとをいい街だと思えていない、自分のふるさとに誇りを持てないというのは、とても残念なことだと思いませんか? だから、今の四日市の魅力を発信し、多くの人に今の四日市のありのままの姿を「来て、見て、感じて」頂きたいと考えていました。
しかし、四日市は観光都市ではありません。産業都市ですから、人を呼ぶためには「コンテンツ」が必要です。既に街にあるもので、観光資源として活用できるものはないか? それを企業と市民の間で検討していた中で、「工場景観を観光資源にしてはどうか?」というアイディアが出ていました。一方、四日市の商工会議所や観光事業者も、地元の資源を活かした旅行商品をプロデュースしようと、コンビナートの夜景を船で案内する企画を検討していました。
ちょうど同じ時期、四日市市は「みんなが誇りを持てるまち四日市」というスローガンを掲げ、東京にある四日市市東京事務所を拠点にシティセールスを展開しようとしており、アイディアを出し合うため、東京在住の四日市出身者を集め、四日市の魅力を語る座談会を催したのです。その席上で、工場景観についての話題が出ました。折しも写真集『工場萌え』が話題になっていた時期でした。『工場萌え』には、四日市のコンビナートが数多く掲載されていました。そこで四日市市東京事務所は、著者である石井さんと大山さん、建造物景観の研究に取り組んでおられた千葉大学の八馬さんを招いて、座談会を開催したのです。その後、石井さんからシティセールス用のポスターに使用する写真提供の協力を受けることができ、迫力のある四日市コンビナートの写真をのせたポスターは広く発信されることになりました。
こうした東京での動きを知って、「なんや、そっちでも同じこと考えてたんや。じゃあ一緒にやろうや」という感じでした。誰かが強力な旗振り役になって推進したというより、東京と四日市という異なる場所で、行政、市民、事業者それぞれが同じ想いを持って動いていた。それがひとつにまとまったという感じです。こうして、東京でのシティセールスの動きと地元四日市での動きが繋がり、コンビナートの景観を観光資源とする動きが一気に加速したのです。
「四日市だからこそ」のこだわり
2010年5月に上京して東京のメンバーと合流し、工場夜景観光で先行していた川崎の夜景クルーズを体験することになりました。その前に「自分たちも四日市の工場夜景を海から見たことがないから、船に乗って実際に見てみよう」ということで、試乗会を実施しました。ちょうど川崎に行く前日のことです。
翌日川崎の船に乗ったのですが、正直「四日市の方がきれいやん」って思ったのです。なぜきれいだと思ったのか。1年後くらいに分かったことですが、四日市は川崎と比べてコンビナートの面積は小さいけれども、工場の規模はそれほど変わらない。川崎と比べると密集しているのです。四日市だったら、1時間のクルーズで明るい地点を沢山通れるコース設定にできるのではないかと思いました。乗船時間が長いとお客様も疲れてしまいますしね。
川崎での体験を踏まえて、お客様に「四日市ならでは」の最高の感動を届けるために何ができるかを皆で話し合いました。特に、「コース設定」と「クルーズガイドによる人と人との交流」にはこだわりました。
コース設定に関しては、『工場萌え』の著者である石井さんと大山さんに監修をして頂きました。四日市コンビナートは、第1、第2、第3と3つのエリアに分かれていますが、最初に出港場所からほど近い場所にある旧港エリアに向かい、明治時代に築かれ、国の重要文化財である「潮吹き防波堤」を案内します。そこで四日市の港の歴史を紹介した後、第2、第3コンビナートをまわります。途中、コンビナートならではの「配管橋」をくぐり、最後に一番きれいな第1コンビナートを見て頂けるようになっています。実はこの第1コンビナートは、かつて公害が一番ひどかった場所なのです。きれいになった第1コンビナートを最後に見て感じて帰って頂きたいという想いを込めています。
そして、クルーズガイドに関しても力を入れました。夜景クルーズは人気があるといっても、船に乗られる方は年間4500人から5000人ほどです。1回のイベントで何万人も動員するようなものと違って、やはり数は少ないので、来て頂いた人に四日市の良さを伝えたいという想いがあったからです。
クルーズガイドは皆ボランティアでやっています。コンビナート企業OBの方、市職員、そして私もガイドをやっています。ガイドにはある程度の台本はございますが、皆がそれぞれ工夫してそれぞれの色で案内を実施しています。
私はよく女性のお客様に、「あのコンビナートではファンデーションの原料を作っているんですよ」とお話することがありますが、皆さん「へぇ、そうなの!」と驚かれます。コンビナート企業OBの方は、石油化学製品がどのように作られているのかといった、もう少し専門的なお話をされたりしています。コンビナートで作られているものが、私たちの日常生活でよく使われているものだということに驚かれるお客様が多いですね。
また、私はカメラが趣味なので、夜景の見え方を勉強してお客様に撮影ポイントをご案内したりもしています。とにかくお客様に楽しんで頂きたいと思ってやっています。
ただ、どのガイドも四日市の話と公害の話は必ずするようにしています。
ですから、一番きれいな第1コンビナートが見える場所に来ると、キラキラと輝くコンビナートの前で、四日市公害の歴史とその後の行政、企業、市民の努力で環境が改善されてきた経緯を説明します。
公害のこともありのままに伝える
夜景クルーズを開始して1年後の2011年11月に四日市市で「第2回全国夜景サミット」が開催された時のことです。夜景サミットの特別企画として夜景クルーズ体験と四日市港ポートビルからの夜景観賞を実施したのですが、この時市役所の環境部署の方も動いておられて、四日市公害の認定患者で公害裁判の原告のおひとりや、語り部活動を続けていらっしゃる方々に参加して頂いていました。
そこでその原告のおひとりと当時の四日市市長とが言葉を交わされたシーンがありました。ポートビルの窓際で眼下に広がるコンビナートの夜景を見ながら、原告の方が「俺等が裁判を起こしたもんやから、四日市は悪いって宣伝したのも一緒や」とおっしゃったんですね。
それを聞いた市長は、「いや、それがあったから今があるんです。そうじゃなかったら、今も公害は続いていたかもわかりません」と答えておられて、私たちは後ろでお二人の会話を神妙な面持ちで聞いていました。
語り部活動を続けておられた方も、「この夜景クルーズをどう思うか?」との質問に、こう答えて下さったのです。
「いいんじゃないかな。人が沢山来てくれた方が公害の再発防止につながるんじゃないかな」
私はそれを聞いて、「確かに今はきれいだけど過去に公害があったことを風化させないためには、夜景クルーズへ沢山の人に来て頂くことはとても素晴らしいことなんだな」と思いました。
私は「観光」というものは「楽しむもの」だと思っています。だから、工場夜景を見に来て頂いたお客様には心から楽しんで頂きたい。けれども50年ほど前、公害問題があったことも事実です。だから私たちは、公害のことは一言一句間違わずに、ありのままに伝え、それを聞いてくれた方が「でも今はきれいじゃん」と思って頂けたらいいなと思っています。
来てくれた方に最高の思い出を
この10年でインフラ整備も改善してきました。クルーズを始めた頃、駅からの送迎バスはありませんでしたし、待合室のトイレも老朽化していて汚かったんです。お客様へのアンケートで手厳しいご意見を頂いたのを今でも覚えています。いくら夜景がきれいでも、ちょっとでも嫌なことがあれば、台無しじゃないですか。
それで、観光事業者、商工会議所、市役所と当協会で、施設を管理している三重県に改装をお願いしに行き、耐震工事、バリアフリー対応と合わせて、きれいにしてもらいました。
最近では待合室に大型モニターも設置し、四日市の紹介ビデオや工場夜景の映像を流しています。市役所と商工会議所と当協会で費用を出して設置したのですが、実際に設置されるまでには色々と調整が必要で、とても時間がかかりました。
そうしたインフラ整備に対して行政にも理解と協力を頂いて、少しずつ改善しながら今の形になってきました。正直、最初の頃は行政と仲違いをしたこともありました。でも、どうしたらお客様に満足して頂けるのか、そして何をしたら四日市のためになるのか、その軸だけは絶対にぶらしませんでした。
四日市という街は、もともと東海道と伊勢街道が交わる宿場町でした。旅の目的地の途中にあって1泊する所です。だから、私は四日市が旅の目的地でなくていいと思っています。旅の途中で四日市に立ち寄り、ひと晩泊まって楽しんで頂く。その楽しみのひとつとして、「夜景クルーズ」を体験して頂きたい。そして、四日市と言えば、「あぁ、あの工場夜景の」と言って頂ける、そんな未来を次世代に繋いでいけたらと思っています。
最後に
夏休みは7月28日から8月21日までの期間中、毎日運航予定です。ぜひ今の四日市を見て感じて楽しんで下さい。お待ちしております。
四日市コンビナート夜景クルーズ
主催会社:株式会社第一観光
出港場所:三重県四日市市千歳町37番地
四日市ポートサービス(株)埠頭ビル1階旅客ターミナル
アクセス:近鉄四日市駅またはJR四日市駅より無料送迎バス有り(要予約)
車の場合は四日市港埠頭ビルに無料駐車場有り
ホームページ: http://ykyc.jp/(株式会社第一観光)
写真提供:一般社団法人四日市観光協会
文:深谷百合子、プロフィール写真:松下広美(名古屋天狼院店長)
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。
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