【魂の生産者に訊く! Vol.11-1】地域ぐるみで作る安心安全な国産レモンは、暖かな海風とともに(前編) 廣井農園 廣井博直さん《天狼院書店 湘南ローカル企画》
2022/05/09/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
レモンブームが長く続いています。
一昔前まではレモンといえば「揚げ物のそばにちょっと添えてあるもの」というイメージが強かったですが、酸味が強く長持ちする、健康志向にマッチするなどの理由で、昨今は加工品などにも多く使われるようになりました。レモンサワー、レモンを使ったスイーツなど、身近なところでレモンを見かけることも多いのではないでしょうか。神奈川県小田原市に、知る人ぞ知るレモンの産地があります。「片浦レモン」として栽培に取り組んでいる、廣井農園・廣井博直さんにお話をお伺いしました。
時期をずらして作る、急斜面のレモン
うちの農園には約100本のレモンの木があります。
木の1本1本の日当たりが違いますから成熟の速度もそれぞれですね。日当たりのいいところにはもちろん木がありますけど、よく見ると急斜面、崖みたいなところにも木が植わっているでしょう? 授業でやってきた小学生がひょいひょいと斜面を降りて、軽々ともいで行きますよ。
うちで作っている果実の割合ですが、みかん3:レモン4:その他雑柑4 です。
レモンの収穫は10月〜翌年の5月くらいまでで、1回に収穫できるのは約150kg。熟したものから出荷します。主に作っている品種は、リスボン、クックユーレカなどが多いです。
農薬ですけど、基本年1回、5月頃に撒きます。レモンの収穫から剪定までが終わって、新芽も出る頃ですね。でも台風が来ると実に傷がつくことが多いので、台風襲来の前後にも農薬を撒いておきます。
最近はグリーンレモンも流行っていて、10月下旬頃から出荷しています。果実の状態で出すものがほとんどです。実自体が青いから「未熟果」って見られることが多くて、最初は売り上げは伸びなかったけど、最近は青いレモンの「えぐみ」を生かしたものが評判が良くて人気が出ています。ジャムとかね。あとチーズケーキの上に乗せるとか。あとはすだちとか、かぼすとかを搾って、いろいろかけて食べるでしょう? ああいう感じで醤油の代わりにグリーンレモンを搾って使ってます。このあたりに昔から伝わる使い方ですね。
グリーンレモンを早く出荷できるようになったので、状態の悪いレモンがほとんどなくなったのはいいことです。
うちではみかん類も作っていますが、例えば温州みかんだと正月を越す前に出荷しないとニーズがグッと減るんです。「いつまでに〜〜しないといけない」作業ばかりなので、暮れはとても忙しいんですよ。
もしも全ての木のレモンを、みかんのようにいっぺんに収穫するとなると人手もかかる。何よりも一時期に多くの果実を捌かなくてはいけない。でもレモンは収穫期が半年あるから、みかんのように期限が決められている作業が少ないんですね。ずらして作れば作業が集中しないから負担が減り、出荷時期を長く伸ばすことができるメリットがあります。だから日当たりの違う場所に植えて収穫時期を調整しています。
あとレモンは果実そのものが酸っぱいから、鳥にもイノシシにも食べられることがないのがメリットです。食害が少なくて、半年くらいかけて確実に実が取れてゆっくり出荷できるのは、みんな高齢化してきたこの辺りのレモン農家にとっては、実はありがたい話なんです。
レモンの出来を決めるのは、トゲと風
あまり知られていないかもしれませんが、レモンには大きくて鋭いトゲがあるんです。植えてから3〜4年くらい経つとトゲが目立ってきます。そして新種や若い木ほどトゲがたくさん出てきます。
農業試験場には「なるべくトゲが少ないものに改良してほしい」とお願いしているんですけどなかなか難しいみたいで。それでも以前から比べたら随分少なくはなっていますけどね。
トゲは作業の時に支障が出るので剪定します。夏場の、まだ実が小さいうちに3回くらい切り落としますが、その作業だけでも1日じゃ終わりません。
収穫の時は1つ1つ手でもぐので、トゲが刺さらないように気をつけてはいるけど、いちいち怪我するわけにも行かないから、トゲだけを切って落とす作業もあります。それでも1日の作業が終わって風呂に入るとあちこちの皮膚にトゲが引っ掛かっていて、血が出ているのを見つけますね。
そしてレモンって風に弱いんです。
風が吹くとトゲで実に傷がついちゃう。そこから「かいよう病」が発生してしまうからなんです。2019年に大きな台風が関東を直撃しましたよね。あれでめちゃくちゃに被害が出てしまいました。
あとは寒さにも弱いです。温暖な海岸沿いじゃないと栽培は難しくて、寒いと枯れてきてしまいます。今年は雪はないけど冷気があって、ちょっと寒いなと思うと実が茶色になっています。これで雪が積もると凍結しますね。
レモンは普通の作物のように、畑ならどこでも作れるわけじゃなくて、風が吹く方向を考えながら植えないといけないんです。うちのレモン畑の南斜面は日当たりがいいから早く実るけど、風も通る場所なので実が傷ついて病気になるリスクもある。
だから日が当たらない、風があまり通らない「風の陰」のところにもレモンを植えます。
病気のリスクが少ないし、実の大きくなる速度もゆっくりなので、5月まで時間をかけて収穫できる。日当たりが悪くてもちゃんと育つことを利用しているんです。
日当たり具合によって成長の速度が違うから、収穫期をずらすことができます。あとは出荷時期と、栽培のリスクとのバランスも考えながら木を植えています。
「安心安全な国産レモン」へのニーズが地域を動かした
うちは明治初期くらいから、みかん栽培をやっていたと聞いています。
昔からこの一帯は半農半漁みたいな地域で、ほとんどの家には自家消費みたいな形で庭先にみかんやレモンの木が植わっているから、使う時だけもいで持ってくるような感じです。
それぞれの家で育てて消費しているレモンが地域の農産物になったきっかけは、30年ほど前に国産レモンの需要が高まったことからです。レモン自体は1964年から輸入自由化されていますが、輸入レモンに使われている防腐剤に発がん性があるということで、消費者の間で問題視されてきた頃のことです。
近隣の地区で、道路沿いでみかんと一緒にレモンも売っているような土産物屋さんがあったんです。そこに神奈川県の消費者関連の会の人たちが旅行帰りに通りかかってレモンが目に止まった。「このレモンは?」「地元のレモンです」ということで、安心安全な国産のレモンを探していた消費者のニーズとマッチしました。
以前「片浦地区」と呼ばれていた小田原市の石橋・米神(こめかみ)・根府川・江之浦あたりには、そこそこの量のレモンがあるということで、「片浦レモン」として本格的に生産することになりました。
立ち上げた最初は知られていなくてね。横浜や川崎のデパートで、消費者の会の人たちと一緒に即売会をやったものです。そこから少しずつ「片浦レモン」が安心安全ということが知られてきて「もっと欲しい」と言われるようになりました。
当時の片浦農協が中心になって研究会を立ち上げました。今は所轄の農協もJAかながわ西湘になって、レモン部会があり50名ほど会員がいて、自分が会長をしていますがみんな高齢化してきています。体力的にもキツくなっているので、年に数回収穫するだけでいいレモンは、忙しいみかん栽培よりも我々に取ってはありがたいんですよ。
再来年あたりから小田原全体の農協でまとめて「湘南潮彩(しおさい)レモン」として大々的に扱う予定です。我々の段ボールには「片浦レモン」と入れてもらいますけど、ようやく広く地域で結託して盛り上げていこうという段階になっています。
当たり前のように店頭に並び、何気なく口にする機会が多いレモンにも、並々ならぬ栽培の苦労がありました。課題を解決しながら「安心できる国産レモン」として片浦レモンの販路を拡大していく過程を、1つ1つ真摯に語ってくださる廣井さんでした。
(取材・文:河瀬佳代子、撮影:森 団平)
廣井農園
神奈川県小田原市根府川80-1
TEL: 0465-29-0475
H P:https://guangjingmikan.webnode.jp/
※取材時の情報です。
□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)
東京都豊島区出身。天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul、「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。
□カメラマンプロフィール
森 団平(もり だんぺい)(雑誌「READING LIFE」公認フォトグラファー)
滋賀県生まれ。天狼院フォト部発のフリーカメラマン (ソニー・イメージング・プロサポート会員)
天狼院パーフェクトポートレートゼミで、雑誌・広告等多くの媒体で活躍されているカメラマン榊智朗氏に師事。
風景写真も得意とし、周りの景色を取り入れたロケーションポートレートには定評がある。「Web READING LIFE」にて「いまから・ここから フォトさんぽに出かけよう 湘南天狼院編」 https://tenro-in.com/photosanpo/ 連載中。
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