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声が命綱


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:きゅべる(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あなたはどんな管制官になろうと思っているのですか?」
そんなAさんからの問いに対する答えを、そのとき私は持っていなかった。
 
私の仕事は、航空管制官だ。
空港にある管制塔で、離着陸する飛行機に指示を出し、飛行機を安全にかつ効率的に誘導することが仕事である。指示は、無線機を使って声で出す。
パイロットは管制官の指示に従わなければならないと法律で決められている。
 
「毎日、外を見ながら飛行機に指示を出す仕事なんて、書類もつくらなくていいし、楽そうだな」
 
それが、管制官を仕事に選んだ理由だ。
 
大学を卒業後してから役人になった。
5年務めたが、通達や法律改正のために大量の書類を作り、毎日午前様になるブラックな勤務に嫌気がさして、転職することにした。
 
とにかくもう書類を作るのは嫌だった。
そんな中、駅でたまたま見かけたのが、「航空管制官募集」のポスターだったのだ。
 
片手で数えられるくらいしか飛行機に乗ったことがないくせに、ボーイングとエアバスの違いも知らないくせに、ただ「書類を作らなくてよさそうな仕事」というテキトーな理由で試験を受け、ぎりぎりで合格ラインにひっかかった。
 
赴任先は空港の管制塔だった。
 
最初からいきなり一人で管制はできないので、まず半年間の訓練を受ける。
OJT形式で行われる訓練は、管制塔で実際の飛行機を相手に、無線機でパイロットに指示を出す。
訓練生の指示が適切でないとか、そのままでは不安全な状況になりそうなときは、訓練を監督している人が代わりに無線に割り込んで適切な指示を出してくれる。
 
管制は、ボードゲームみたいだ。
空と空港の場面をステージに見立てて、飛行機というコマを動かす。どれだけ安全かつ効率的にコマを動かすことのできるかを競うゲームみたいだと思っていた。
 
ゲームだからコツをつかむと上達が早い。
いろんな技や魔法のコマンドを持っていれば持っているほど、ゲームが早く進むように。
 
私の訓練はおおむね順調に進んでいた。
 
ただ、ひとつのことを除いては。
 
同じチームにAさんという、定年退職を半年後に控えたおじさんがいた。
その人に訓練をお願いするのだが、なぜか毎回断られるのだ。言葉で断られるならまだしも、手振りで「しっしっ」と追い払われることもあった。
 
赴任から5か月が経過し、訓練も終わりに近づいたころ、勤務中に訓練の監督をする資格がある人がAさんしかいないという日があった。
 
一日中訓練をしないというわけにもいかないし、仕方がない。断られるのを覚悟で久しぶりにAさんに訓練をお願いした。
Aさんは無言で、手振りだけで「どうぞ」という仕草をした。
 
(もう訓練も終盤だし、ほとんど指摘されることなんてないはず)
 
Aさんが訓練中にくれたアドバイスは、「間違っててもいいから、とにかく自信のある声で指示を出しなさい」だけだった。
 
訓練のあと、Aさんに呼ばれた。
 
「私が、なぜあんなことを言ったのかわかりますか?
飛行機は前にしか窓がないから、パイロットは前しか見えない。
何百人という乗客の命を預かって飛んでいるのに、周りが全部見えないのです。
だから、全体が見えている管制官の声だけが頼りです。」
 
「あなたは状況が悪くなってくると、いつも声に自信がなくなる。
あなたの声しか頼れるものがないのに、それを聞いた彼らは、この指示に従っても大丈夫かな……ともっと不安にと思うでしょう。
乗客の命を預かっている彼らが、私たちに命をあずけているのだから。」
 
「あなたはどんな管制官になりたいと思って訓練しているのですか」
 
何も言えなかった。
 
確かに、私は空港がすごく混雑してきたり、なにかトラブルがあるとすぐ焦ってしまい、声に自信がなくなる。
ゲームで詰みそうになると、弱気になる。
 
管制はボードゲームだろうか。
そうじゃない。
 
コマだと思っていたものには、何百人もの命が乗っている。もちろんそのことを知らなかったわけではないが、ゲームだと勘違いしていた私は、指示を聞いているパイロットの気持ちまで考えたことはなかった。
 
私たち管制官の声は、パイロットにとって道しるべであり、命綱だ。
でもその命綱がよれよれだったらどうだろう。
それしか頼るものがないのに、従わなければならないと決まっているのに。
もしそれが頼りなかったら。
 
そのことが全然わかっていなかった。
いかに、先輩からたくさんのコマンドを盗んで、上手にゲームを乗り切るか。
それしか考えていなかった。
 
私のテキトーな気持ちも、態度を見てAさんにはお見通しだったのだろう。だから、私の訓練なんて付き合いたくないと断わってきたのだ。
 
でも、私は重要なことにいつまでも気づかない。
訓練が終わって独り立ちしてしまえば、取り返しがつかないと思い、みるに見かねて指摘してくれたのだ。
 
申し訳なさと、ありがたさでいっぱいだった。
 
訓練の最後の一か月、Aさんは基礎中の基礎だけを教えてくれ、私は無事に独り立ちすることができた。
 
私は、どんな管制官になりたいだろうか。
 
パイロットに、この声に従っていれば安心だと思ってもらいたい。
 
ものすごく天気が悪いときも、
機内で病人が発生して急いで着陸したいときも、
鳥をエンジンに吸い込んで、エンジンが止まっても、
特に何もなく、穏やかに時間が流れているときでも。
 
パイロットと私たちはお互いに名前も顔も知らない。
でも、私たちの声を道しるべに彼らは飛んでいる。
その翼に何百人もの乗客を乗せて飛んでいる。
 
私はパイロットにとって、良き道しるべであり、命綱でありたい。
そんな管制官を私は目指している。
 
 
 
 
***
 
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2019-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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