メディアグランプリ

音というホラー


 
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記事:大村侑太郎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
他人が怒られている場所ほど居辛さを感じる場所は無い。
その場で当事者以外の第三者に求められるのは、徹底的な「沈黙」だ。
声を出したらその瞬間に周囲からの冷たい視線が突き刺さる。悪気がなかったとしても。
 
「根性見せろよ!」
教師の怒鳴り声が教室に響いた。
問題に解答できない生徒が立たされて、ひたすら教師からの追及を受けていた。まるで昭和の刑事ドラマの取り調べだ。その教師は評判の悪いことで知られていた。
その間、教室はずっと沈黙に包まれていた。その中で、ひたすら声を出したくて仕方ない男がいる、僕だ。
「やばい、トイレ行きてぇ……」
実はその時強烈にトイレに行きたかった。しかし、こんな状況の中で言い出す勇気は無い。言った途端にその場の全員から冷たい視線が来るのがわかっていた。
「こういう時に言うか?」
「空気読めない人ね」
頭の中でそんな言葉を言われる自分が想像できる。
こういう時に声を出すことは死刑宣告を受けるようなものだ。教室と言う場所には逃げ場は無い。
もし勇気を出して言ったとしても「行ってこい」と不機嫌な口調で教師から言われることもわかっていた。とばっちりは受けたくない。
「何とか言えよ!」
教師はさらに追い打ちをかける。クラスの誰もが教師という強大な力の前に沈黙していた。僕たちにできることはそれしかなかった。
 
今思うと、みんな教師と言う存在を恐れていたのではないと思う。声を出した後に待っているとばっちり、奇異な目で見られること、そうした音を出した後の結果をみんな恐れていたのだと思う。
 
2018年公開のホラー映画「クワイエット・プレイス」はそんな音を出すことの恐怖を思い出した映画だった。
荒廃した世界でとある家族が何者かに襲われ、その恐怖に怯える姿を描くという内容だ。
この映画でキーワードとなっているのは「音」だ。何者かは音に反応して襲ってくる。大声を出そうものなら命は無い。家族は手話で会話をするが、そうした背景のため映画は全編にわたって静かに進んでいく。
だからこそ、突如鳴り響く音が恐ろしい。僕はレンタルでこの映画を観たが、音響の良い劇場では恐怖感が倍増していたことだろう。
 
強大な力の前に声を出せない家族の恐怖は、教師の前に何も言えなかった過去のことを思い出した。
同時に、この声を出せないという状況は今の世の中を比喩しているように僕は思った。
SNSの発達によって誰もが自分の意見を発信できる。しかし、炎上を恐れて自分の本当の声を出せないという矛盾も抱え込んでいる。
数と言う太刀打ちできない強大な力の前には僕らは沈黙を貫くしかない。
 
しかし絶望的な状況でも希望はある。
映画の中で、家族には新しい子どもが生まれる。普通に考えればこんな絶望的な状況の中で子供を産むなどおかしいと思うだろう。
だが、だからこそ人はより強く愛情を求め合い、そのためにどこまでも強くなることができる。そんなラストがこの映画には用意されていた。
 
それを僕も自分の身で感じたことがある。
やっと授業が終わって教師の恐怖から僕らは解放された。
「大丈夫?」
何人かの生徒が問い詰められていた生徒に声をかけた。
「あの教師酷いよな、あの子を目の敵にしている」
普段ろくに会話もしない生徒が何故か僕に話しかけてきた。
「ああ、そう思うよ」
僕は答えた。話しかけられたことが嬉しかった。その時に、クラスが一つになっていることを僕は感じた。
それは一時の出来事ではあったけれど、あの時だけは間違いなく僕らは全員の力を必要としていた。この恐怖から立ち直るために。
 
正しい意見など誰にもわからない。この時代にあるのは尖った意見は数の力を持って潰せばいいという風潮だ。
大多数の意見の側に立つことが今の時代の正義なのかもしれない。
もし発言したい自分の意見が他人と違っていたら……
また、声が出せなくなる。人間の意見など異なっていて当然のはずなのに。
だけど、こんな時代だからこそ声を出して語り合い、笑うことができる身近な人の存在を大切にしていきたい。その人たちの存在が世知辛いこの世界で生きていける力になるからだ。
 
やられた、ホラー映画でここまで考えさせられることになるとは思わなかった。僕はクワイエット・プレイスを観て良かったと思った。もちろん、演出的な面でも見どころは多い。
普段、ホラー映画を観ないという人にこそ僕は強くお勧めしたい。
クワイエット・プレイスは名作です。
 
 
 
 
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2019-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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