メディアグランプリ

恋はコトコト煮物のように


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:緒方愛実(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「いい? メールが来ても、すぐ返信しちゃだめよ? 待たせとくぐらいの方が丁度いいんだから」
 
先輩の言葉に、私は眉間に皺を入れて、叱られた犬の様に目をショボショボさせてしまった。
ある日のカフェ女子会。女性が集まれば自然と、恋バナに話のテーマが流れてしまう。今回も例外なくその話題になる。
彼女に怒られているわけでは決してない。
だが、私はしょんぼりと肩を落としてしまった。
 
私にできる気がしない。
 
私は、短気ではないが、せっかちな性分だった。
何たって、お湯が沸騰するのが待てないのだ。
学生時代、調理実習でのこと。グループで料理を作ることになり、役割分担をした。私は、パスタ料理の係だった。寸胴鍋でお湯を沸かし、乾麺のパスタをゆでる。簡単な仕事だ。だが、水の量も多く、学校の設備ということもあって火の勢いが足りない。鍋の前で腕を組んで立っていた私だったが、鍋の底から小さな泡が一つポコリと、水面に顔を出した瞬間、パスタをすべて鍋にぶち込んでしまった。
「えーーー!?」
振り返ると一部始終を見ていた、驚く同級生の姿。私は、温和で大人しいことで有名な彼女をムンクの「叫び」の様な形相をさせてしまったのだった。
 
大人になった今は、お湯を沸かす時、安全な範囲で別の用事をしながら、我慢する様にしている。
 
メールもそうだ。
届いたら、他に所要がある時以外は、即座に返す様にしている。仕事の場面では、大変喜ばれるし、クライアントにお褒めの言葉をいただくことも多々ある。
プライベートの場面でも同じ。大好きな友達や先輩からメールが届くと、脊髄反射の様に速攻で返してしまう。
まるで、フリスビードックだ。
大好きな飼い主が投げて飛ばしたフリスビー。全速力で駆けていき、大きくジャンプ。見事捕まえたフリスビーを大切にくわえ、さらに速度を上げて飼い主の所まで走って行くのだ。またフリスビーを投げてもらうために。
何事もレスポンスは早い方がいい、私はそう思っていた。
 
だが、恋愛では違うらしい。
 
「そんな難しいことじゃないのよ?」
悲壮感たっぷりにうなだれる、女子力のない後輩に、先輩は穏やかな声でアドバイスを続けてくれる。一人映画、一人定食屋などの一人遊びを謳歌している私は、色んな方に心配されているのだった。先輩はおしゃれで、仕事もこなす、憧れの女性だ。すべてにおいて私より経験値は高い。
「遠距離恋愛とかも同じなの。会えない時間とか、余白の中にストーリーがある。待っている時間も含めて楽しまなきゃ」
「そう言うものですか」
 
悲しいことにピンと来ない。
親しい人から便りが来たら、やはり早く返した方が礼儀なんじゃないだろうか? 会話もさっさと進んで、計画なども速攻で決まるのではないのだろうか、と葛藤がよぎる。
 
「料理と同じ。時間をかけて育んだ方が上手く行くこともあるんだよ」
 
そこでやっとなるほど、と思った。
煮物は、一度軽く火を通したら一旦コンロから下し、食べる直前に火を入れ直す。そうすると、味の沁みが格段に良くなる。
シイタケや、チーズ、ワイン。乾物や発酵食品は、そのまますぐに飲食するより、寝かせた方が栄養が増すものがある。
恋愛も同じ。
時間を置いた方がうま味、いや、うれしいとか、会いたいといった感情が増幅することがあるのだろう。
 
物事には、良い時期というものがある。
例えば、気に入りの洋服店で、一目惚れした洋服を衝動買いしたとする。すると、翌日バーゲンセールで半額になってしまっていた。または、家に帰ってクローゼットを開けて見ると、同じようなデザインの服を持っていた、ということは経験がないだろうか?
仕事でも同じことが言えるかもしれない。
クライアントから資料作成を頼まれたとする。
急いで先方に送信した後、よく内容を確認してみると、誤字脱字、データの間違いが見つかってしまった。再度、送り直せばお互いに手間と時間、コストの無駄になるだろう。
よっぽどの急用でない限りは、落ち着いて自分の現状を俯瞰的に見る、精神的余裕が必要だ。
 
何事も、冷静さを失しなえば、思わぬ失敗に足をすくわれ、大惨事にもなりかねない。
仕事も、恋愛も。
自分を見失ったら負けなのだろう。
 
さっと、鍋の蓋を開けたい気持ちをグッと抑えて。
鍋をそのまま下し、少し冷ます。
待っている間は決して焦らず。
他の献立を作ってもいいし、読みかけの本を読んでゆっくりと過ごすのもいい。
次の日の予定を立てるのもありだ。
余白の時間もじっくり楽しめば、ストーリーが生まれる。
晩御飯の時間になったら、また火にかける。
そうしたら、コックリ美味しい煮物ができあがる。
 
料理を振る舞われた人は、お腹を空かせて待っていたと言うかもしれない。
次はこの料理をと、リクエストをしてくれるかもしれない。
美味しかった、また作って欲しいと言うかもしれない。
待っていた相手の余白にもストーリーがある。
二人のストーリーがさらに展開するきっかけになる、かもしれない。
 
料理も恋愛も必要なのは、忍耐力と想像力。
そして、相手を思う気持ちだろうか?
 
私が想像していたよりも、随分大変なことなのかもしれない。
考えただけで、脳が疲労して、お腹が空いてきた。
 
フリスビードックに果たして、上手に煮物が作れるだろうか?
 
まぁ、それも振る舞う相手がいたら、の話だ。
焦ってはいけない、これもご縁。
今はまだ、先輩に美味しい煮物作りを習いながら、のんびり、気長に待つとしよう。
 
 
 
 
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2019-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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