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時が止まった街で、私の時計は動き出した


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大原亜希(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 

「え! またですか!?」
3回目の遅刻だ。まだ私がここに来て1週間も経ってないというのに。
多分彼女のなかでは、授業の開始時間は9時ではなくて、9時ぐらい、という設定なのだ、きっと。
 
仕方がないので教室に戻って、古びた木製の椅子に腰かける。今週の生徒は私だけ。パラパラとイタリア語の教科書をめくり、彼女の到着を待つ。
9時10分。9時15分。時計の針がむなしく進んでいく。
 
「ボンジョルノ!」
明るいフランチェスカの声が、扉の向こうから聞こえてきた。やっとお出ましらしい。
扉をそっと開けてのぞき見すると、コーヒーの入ったマグカップを片手に、スタッフルームで他の教師と楽しそうにおしゃべりするフランチェスカが見えた。
 
「遅刻した上に、すぐ教室に来ないでコーヒー飲むなんて、どんだけ自由?」
もうここまでくると、ちょっと笑えてくる。日本だったらあり得ないよなあ、と思いながら、私は席に戻った。
 
教室の西側にある大きな窓から、光が差し込んでいる。この場所は時の流れがゆっくりだ。時計の針でさえ、日本よりゆっくり動いているような気がしてしまう。
 
フランチェスカは9時20分にようやく教室にやってきて、終了時刻である12時の20分前に授業を終わらせた。もう終わりなの?と尋ねると、「だってお腹が空いたでしょ?」と片目をつぶってみせた。彼女はどこまでも自由だ。
 
重い鉄製の扉を開けて建物の外に出ると、でこぼこの石畳の道を街の中心へと向かった。照りつける太陽が熱い。まだ6月だというのに、今年のフィレンツェは35度を超える暑さが続いている。
 
 
「そんなに追いつめられていたなんて、知らなかった。」
最後の日、目に涙を浮かべて同僚がそう言った。
 
フィレンツェに来る一週間前に、三年勤めた会社を辞めた。大好きな会社だったし、一緒に働いている人達も大好きだった。
「頑張らなきゃ」「もっと認められなきゃ」という私の心とは裏腹に、頭も体も、どんどん動かなくなっていった。正直、年齢的な体力の限界もあったのだと、今では思う。
 
それなりに部下にも慕われていたと思うし、全社員の前で退職の挨拶をしたときには、たくさんのスタッフが泣いていた。会社の決まりで直前まで明かされなかった私の退職は、どうやら嬉しくないサプライズだったらしい。
 
昔から人に頼るのが苦手で、なんでも抱え込むクセがあった。特に責任ある立場を任されるようになってからは、自分でどうにかしないといけない、といつも気を張っていた。そうじゃないと、自分の存在価値が無いような気がしていた。
 
20代はそれでもよかったのだけど、30歳を超えたあたりから、無理した分だけ体に影響が出るようになった。完全に動けなくなったら休む。の繰り返し。とはいえ、男社会で体力勝負の仕事だったから、どう人に頼ったらいいかも分からず、自分でも抜け出せない負のループのなかにいた。
 
次の仕事を決める前の休息地に、この街を選んだのは、ガイドブックで見たフィレンツェが、まるで「時を止めた街」のようだったから。慌ただしく動いている日常から、遠く離れた場所に行きたかった。一度、完全停止して、自分のこれからを考えたかった。それに、ふさわしい街に思えたのだ。
 
 
街の中心部にあるサンタ・マリア・デル・フィオーレのクーポラ(ドーム型の屋根)を目印に、レンガで出来た街を歩く。花の聖母マリア教会とも呼ばれる、この街の名所は、私の大好きな映画の舞台にもなった場所で、世界中からたくさんの観光客が訪れる。
 
教会の北側、建物の影になった部分には小さな出入り口があって、その前には毎日長い行列が出来ていた。狭い通路を抜けいくつもの階段を上った先にある、クーポラから眺めるフィレンツェの街並みは、それはもう美しい。周りに高い建物がない屋根の上に吹き抜ける風は、太陽の熱で火照った肌を、少しだけ冷やしてくれた。
 
フィレンツェは、街全体がユネスコの世界遺産に登録されている。私が通っていたイタリア語の学校も、住んでいたアパートも、スーパーも、中世の街の中にある。有名なヴェッキオ橋は、その佇まいをもう何百年も変えていないし、街のはずれにある高台からこの街を眺めると、今が西暦2000年を超えていることを忘れてしまいそう。
 
「時が止まった街」
街を歩けば、ローマ時代の銅像のようなイタリア人が歩いていたし、まるで昔の映画に出てきそうな、エプロンをつけたどっしりしたマンマが食堂に立っていた。
 
朝は行きつけのバールでコーヒーを飲む。お昼はパニーニと白ワインを片手に軽く食べて、夕方になるとアペリティ―ボという夕食前の一杯。20時ぐらいからはレストランで、家族や友人と食事やワインを楽しむ。24時間オープンのコンビニなんて無いし、日曜日にはお店は閉まってしまう。彼らの生活スタイルは、もう何百年も前から、変わっていないように見えた。
 
語学学校の最後の日に、フランチェスカが言った。イタリアの経済は今あまりよくなくて、仕事を失った国民がたくさんいるのだと。仕事があったとしても、給料がとても安くて生きていくのは大変なの、と。
彼女が毎日のように遅刻して、あまり仕事熱心じゃないように見えた理由に、少し納得がいった。
「思うような収入がないなら、せめて楽しく生きていきたいじゃない?」と、彼女は笑った。
 
フィレンツェの街は時が止まったようだった。でもそこに住む人たちは、「生きていた」。食べることや呑むことやおしゃべりを、楽しみ、確かに生きていたのだ。
 
1か月フィレンツェで暮らす間に、私の中で止まっていた何かが動き始めた。美味しい、とか、嬉しい、とか、楽しい、とか。そういう感情が前よりずっと賑やかに、動いているのが分かった。私は自分の感情を、長い間、どこかに置いてきてしまっていたみたいだった。
 
 
目まぐるしく動く現代に生きていると、時々自分が動き続けていることすら忘れてしまう。そして心は麻痺して、ロボットのように体だけ動いている、なんてことが起こる。それに気づかないうちに、今度は体や頭が止まってしまう。私の中で止まっていたのは、頭でも体でもなく、心だった。
 
誰かに認められることに必死だったあのとき、私は「生きていた」だろうか?
正直、分からない。
 
自分が立ち止まる時間を、大切にしたいと思った。これからどんな仕事をしていくとしても、私はとにかく「生きたい」のだ。目の前に起こることに自分が何を感じているかを、ちゃんと味わっていたい。そのためには時々立ち止まる必要がある。
 
大好きな映画の中で、フィレンツェの街を見るたびに私は思い出す。
生きることを思い出させてくれた人達のことを。
そして、自分から立ち止まることの大切さを。
 
 
 
 

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2019-09-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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