ある日「私の脳はゆで卵になった」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:天草野黒猫(ライティング・ゼミ平日コース)
ある日のことだった。
「あ、私の脳がゆで卵になった」
そう、まさにそんな感覚だった。
あの時、私の頭に浮かんだ言葉だ。
それは、久しぶりに本でも読んでみようかな……
と買っていた小説を1ページ読み始めた時。
「あれ? 読めない。なんだか頭に入ってこない」
気がつけば30分くらい1ページ目を開いたままだった。
次のページをめくれないでいる。
いつもはスラスラと脳に染み込んでいく文字。
その文字が風景にかわって、心は物語の中に入って行く。
それなのに……今日は文字が記号のままなのだ。
おかしい。なんだか、私はおかしい。
異変に気がついた瞬間だった。
というのも、小さい頃から本が大好きだった。
学校の行きも帰りも、片道5キロを歩きながら本を読んで通学していた。
本に囲まれていたくて、学生時代は図書館司書の資格も取得した。
それくらい本が好き。
もちろん、大人になってもそれは変わらなかった。
そんな私が、本を読めなくなった。
少し前から、頭にも身体にも鉛がつまったような感覚があった。
しかし、毎日におわれていて見ないふりをしていのだ。
私は藁をもつかむ思いで、病院にいってみた。
うつ病だった。
病気になった理由も思い当たる。
その頃、両親が共に入院していたのだ。
片道田舎まで3時間を休日には通う。
突然の呼び出しに、夜中往復して1,2時間ほど仮眠して出勤。
当時は責任ある仕事をしていたので、休めないと思い込んでいた。
そんな生活をおくっていた。
夜は、疲れているから早く眠ろうと思っても眠れない。
「夕べ、話しかけたら3分もせずに寝てたよ」
友人にそんな驚きの言葉をもらうほど快眠だった私。
そんな私が、眠れなくなっていたのだ。
全てがおかしくなっていた。
ミスが増え、いつもは何でもない事に時間がかかる。
1つのファイルをさがすのに1時間かかったりしていたのだ。
自然と残業も増えて、できない自分がますます嫌いになる。
ああ、病気だったのだ。
怠け者になったからじゃなかった。
病気なのに、どこか少しほっとする自分もいた。
うつ病だと認識して、会社をお休みした。
久しぶりに時間に追われない休日。
逆に不安がおしよせる。
何をしていいかがわからない。
お腹も空かない。
ああ、でもこれじゃきっと良くならない。
出来る事を探した。
最初は、朝日を強制的に浴びるためにカーテンをあけて眠ることにした。
午前中時間がかかっても、味噌汁を作って飲む事。
夜、決まった時間にお風呂にはいること。
少しずつトンネルの中の真っ暗な闇に光がさす。
心が闇から灰色になり、少しずつ青空が見えてくる。
薬のおかげもあって、少しずつ体も心も楽になってきた。
数週間たって、仕事にも復帰できた。
しかし、本はまだ読めるようにならなかった。
実は本を読む事は予想以上に集中力が必要なのだ。
本を読みたい!
でも読めない。
そんな時に代わりになってくれたのがカメラだった。
読書は長い時間、集中力の持続が必要となる。
その点カメラは一瞬の集中だ。
パシャッとシャッターを切る。
自分の感動した世界が、1枚の写真の中に一瞬で納まる。
思った以上にいい絵が撮れた瞬間。
「あ! その写真いいね」
そんな言葉をもらうと、うれしさ倍増だ。
部屋に飾る、何気ない花。
ウォーキングで歩く、四季折々の風景の変化。
本と同じで物語を感じる。
固まってしまった脳が、少しずつほぐれていく気分だった。
もうひとつ本の代わりになってくれたのが映画だ。
映画も読書より集中力を使わない。
私の頭の代わりを、巨大スクリーンがはたしてくれるのだ。
そして、笑う事は病気にはいいらしい。
できるだけ笑いが盛り込まれた映画に通った。
そして、他の人と笑いを共有する。
うん、いい感じ。
時には思いっきり感動的な映画を見て涙を流す。
心の曇りを洗い落してくれるようだった。
ああ、映画っていいな。
読書の時間を映画に費やすようになった。
あれから10年以上経過した。
おかげで本もやっと、かなり時間をかけて読めるようにはなってきた。
それでも、ゆで卵のように固まってしまった脳は以前とは違う感覚だ。
その代り、好きな物が増えた。
カメラ、映画。
病気の休暇の頃、時間を費やして作った料理。
「人間万事塞翁が馬」という諺がある。
病気になったことを完全に「良かった」とは言い切れない。
けれど、写真も映画もこれほど好きにならなかったかもしれない。
ゆで卵になった私の脳。
卵かけごはんの生卵のように、主役級の使い方はきっとできない。
しかし、固まってしまった脳はきっと別の使い方があるのかもしれない。
出来ない事は、別の道を見つけるきっかけにもなる。
例えば、ゆで卵を使って作る、ミモザサラダのように。
使い方しだいで、美しい彩りにもなれるのだから。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/zemi/97290
天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。