メディアグランプリ

黒猫グロウの話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:藤井 美穂(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ある日、帰ってきたら猫がいた」。
これは弟の言葉だ。私がまだ実家に住んでいてアラサーだった頃、母が猫を飼いたいと言い出した。しばらくして、2匹の猫が来た。
 
母は子供の頃に猫を飼っていたようだが、特に飼い方を知っていたわけではないので、当初は子猫を引き取るつもりでいた。子猫の方が小さくていいだろうという、経験がない者がする、あまり根拠のない考えだったのかもしれない。
 
母が猫の里親探しの記事を見たのは、地域の情報誌だったと思う。記事の連絡先に問い合わせてみたところ、子猫はしっかりしつけをしなければならず、平日の昼間は仕事で家をあけてしまう我が家には、手間がかかる子猫よりも成猫のほうがよいとのアドバイスを受けた。そして、1匹だと寂しがるので2匹のほうがいいですよ、とも。そして、「きょうだい」だという成猫を2匹もらうことにした。
 
かくして猫が我が家にやってきたのだ。
大きなケージ2つが部屋に置かれ、その中には1匹ずつ猫が入っていた。ケージを開けると、猫が慎重に外に出てきた。思ったより大きい。胴体だけで50センチメートルほどあるだろうか。後で体重を計ったら、2匹とも4キログラムほどもある。
 
1匹は白黒のメスで、毛の長さは短くもないが長毛というほど長くもない。この猫は名前がついていないと言われた。この猫の名前は、母の提案でパフィにした。当時、パフィという女性2人組のアーティストが人気があったので、そのユニット名をいただいた。割と単純な命名である。
 
もう1匹は、オスの黒猫で、長毛である。黒といっても首の下は茶色がかっていて、完全な真っ黒ではない。こちらはグロウという名前がついていた。「成長する」という意味の英語だと言っていたが、私は「なぜ名前に動詞をつけるのだろう?」と不思議だった。黒猫グロウとの出会いは名前から始まった。
 
猫たちは部屋をのっしのっしと歩き、くまなく点検しているようだった。2匹は近づくでもなく、距離を置きながら、部屋の中を歩き回っていた。
 
猫が来て最初の1週間、私たちは寝不足になった。なぜなら、朝の3時から2匹が運動会を始めるのである。
飼い猫の証として首輪をつけた。それに鈴がついていたのだ。朝から駆け回る足音だけでなく、チリチリチリチリうるさい。あっという間に鈴は首輪から外された。
 
電話ではきょうだいだと言っていたはずの2匹だが、まったく仲がよくない。それもそのはず、連れてきた人の話ではきょうだいではないのだ。パフィとグロウは別々の場所で飼われていた。パフィがどのように飼われていたかは忘れたが、グロウは窓のない会社で飼われていたそうで、社員が帰ってしまうと暗い部屋に取り残されていたらしい。
 
いじめられていたわけではないのだろうが、グロウは臆病だった。突然同居人となった人間4人と猫1匹にドキドキしていたのだと思う。ちょっと動いたりするだけで、びくっとする。
 
一方、パフィはメス猫だが気が強く、家の中ではグロウによく猫パンチをしていた。その度にグロウが「おっと!」といった体でパンチをかわしていた。
 
猫は機嫌がいいと喉をゴロゴロ鳴らす。グロウはそのゴロゴロが大きな音だった。なので、初めて聞いた時は怒っているのかと思ったほどだ。
 
グロウは臆病だが、慣れてくると人の膝に乗ってきた。コタツに入ってテレビを見ていると、よく膝の上に乗ってきた。そしてゴロゴロと喉を鳴らす。
 
慣れるまで時間がかかった猫だったから、膝の上に乗ってきた時は嬉しかった。ただ、今度は動けなくなってしまう。というのも、こちらがちょっと体勢を変えようとしただけで、パッと膝から降りてどこかへ行ってしまう。「せっかく膝に来てくれたのに」という思いと、「動かしてしまって悪い」という思いに挟まれ、グロウが膝の上に来ると動けなくなってしまうのだ。
 
猫を飼うまで、猫というのは、もっと放っておいていい動物だと思っていた。コタツ布団の端に丸まっている猫や、縁側や屋根の上でのんびりお昼寝しているイメージだった。
 
ところが、実際はけっこう人間にからんでくる。特に、パフィはしてほしいことがあると、わざと人の嫌がることをする。たとえば、スピーカーの表面に張ってある布にガリガリ爪を立てる、とか。
 
グロウは人の嫌がることはしなかったが、エサなどのおねだりをする時に、人の太ももに爪をたててお願いをする。顔は大変かわいいのだが、足が痛い。こちらも困ったものだ。
 
グロウはやや長毛の黒い毛で覆われている。鼻筋が通っていてイケメンな猫だったが、写真を撮ると真っ黒なので、どこが顔なんだかわからなくなってしまう。ちなみにパフィはフォトジェニックだった。顔さえカメラに向いてくれれば。
 
また、グロウは犬みたいなところもあった。体は筋肉質で締まっていたし、呼ぶと来た。
家の隣が空き地になっていて、猫たちのよい遊び場になっていた。空き地に面した窓を開けて、遊んでいたグロウに何気なく「グロウ!」と呼びかけると、パッとこちらを向いて走ってきた。そして、地面からぴょーんと窓へ飛び移って私の目の前に来た。感動した。何もないのに呼んでしまったので、慌てて猫が食べられるものをご褒美に与えた。
 
うろ覚えだけれど、グロウが家にいたのは5年ほどだったと思う。おそらく外で喧嘩したときにできた大きな傷が原因で、猫エイズになってしまった。
 
その頃私は、仕事のために会社の寮に入っていて、猫のことは母たちに任せきりだった。もし、私が家にいたら、もっと早くグロウを病院に連れていけたのでは……、そもそも外の猫とそんなに大きな傷を負う喧嘩をすることを避けることもできたのでは……と思った。人生の中で、今のところこれが最大の後悔だ。
 
グロウが病気になり、私もしばしば寮から実家へ様子を見に来た。口の中が腫れて餌が食べられないというので、ヤギミルクをペットショップで買っていったりした。
父の話では、自分では外を散歩できなくなったので、父に抱かれて散歩しに行き、自分で歩き回りたい場所に行くと父の手から降りてしばらく歩くのだとか。
家の周りをそんなふうにして歩き、一通り歩き回ったら、亡くなったという。
 
猫も死ぬときは人に姿を見せないようにするらしいが、私の家族は皆、昼間は仕事で出てしまっているためか、グロウは家のキッチンで息を引き取った。だから私も、グロウが死んでからだけれども、最後の姿を見ることができた。
 
今頃はどこにいるのかなぁ、と時々思う。生まれ変わって、どこかで遊んでいるのか。それとも、まだあちらの世界でのんびりしているのか。
鼻筋の通った黒猫に、また逢えたらいいなぁと思っている。
 
 
 
 
***
 
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 
http://tenro-in.com/zemi/97290
 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2019-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事