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五山の送り火は、なぜ毎年点火できるか


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記事:山本周(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ほんとによう頑張った。いや、ほんとに。よく下りてきたなあ」
わたしの伯父さんは、何度も何度も、この言葉を繰り返した。
わたしが小学生の頃のことである。
 
その伯父も、もうすでに亡くなった。
 
伯父の家族の家は、今も、わたしの家から車で20分ぐらい行ったところにある。京都の東山慈照寺、一般的には、「銀閣寺」という名で有名なお寺の、すぐそばである。近くには「哲学の道」などがあり、休日は外国人も含め多くの観光客で賑わっている。
 
そして、この地区は、特定非営利活動法人「大文字保存会」に属している方々が多い。
伯父の家もそうだ。
 
毎年、8月16日の夜、夏の夜空にくっきり浮かび上がる「五山の送り火」は京の夏の終わりを告げる風物詩として全国的にも有名だ。
午後8時に、東山如意ヶ嶽の「大文字」の点火から始まり、5分毎に、松ヶ崎西山・東山の「妙・法」、西賀茂船山の「船形」、金閣寺付近大北山の「左大文字」、そして、嵯峨仙翁寺山の「鳥居形」と点火されていく。
 
これら一つひとつの点火は、その地元地区の保存会の手によるものだ。
40年ほど前、小学生だったわたしや、兄弟、父など、私たち家族は、大文字保存会から「入山許可証」をもらい(一応、許可なしで当日は入山できない)、伯父家族と一緒に、大文字点火のため、如意ヶ嶽に登った。
 
実は、当日の点火だけが、保存会の仕事ではない。
送り火が間近に迫った、8月上旬の炎天下の中、山上までの登山道の草などを刈り、道づくりをする作業がある。そして、点火前日の8月15日、ふもとの銀閣寺山門前に帳場を設営し、市民らの護摩木への、先祖供養、無病息災などの書付けを受け付ける。
この護摩木は送り火の点火資材として16日当日、山上へ運ぶ。
 
運搬も含め、点火の前日までの作業を、わたしは手伝ったことはない。しかし大変な作業であることは容易に想像がつく。伯父の娘の従姉妹とは、お互い子どもの頃から一緒に大文字に登ってきた仲だ。わたしと同じで、もう50歳を超えた。
彼女は、保存会のメンバーだから、原則、全ての準備、段取りに参加する必要がある。
「もうあかん、体力もたん。気力も」と、最近は青息吐息だ。
 
ほかの保存会のメンバーにとっても、高齢化は深刻な状況ではないだろうか。
こんな声を聞くと、やはり今年も手伝いに行かなきゃ、となる。
 
40年前の送り火登山は、なんだかんだいって、小学生の、疲れ知らずの自分がいた。
夜8時に点火を終え、わたしたちは、燃え上がる火床のそばをぬい、早々に下山した。点火後は、火床の周囲がおそろしく熱いのと、帰りの登山道が混み合うのを避けるためだ。
 
「ほんとによう頑張った。えらい、えらい!」。ふもとにたどり着いたわたしたち兄弟と父は、自宅に帰る前に、一旦、伯父の家で小休止させてもらっていた。その時に伯父がわたしたち兄弟に何度もかけた言葉だ。
わたしは引っ込み思案だったせいか、早く父たちと自宅に帰りたかった。伯父の家で出してくれるお菓子や飲み物も、あまり嬉しいと思った記憶がない。
そんなに大変でもなかったのに、伯父が何度も「よく歩いた、たいしたもんだ。頑張った」と繰り返すのも、なんだか大仰でいやだった。
 
今では、わたしは、自分の9歳になる息子と一緒に、送り火点火の手伝いをしている。息子を連れていくのは、今年で3年連続だ。
わたしよりずっと手伝いの回数が多く、火床の組み方もプロ級の、わたしの弟も、ずっと点火の手伝いのメンバーだ。
 
弟による、火床の組み方の解説を、息子は神妙に聞いていた。
松割り木は、順次、一段に4本ずつ井桁に重ねていく。点火後の空気の通り道とするため、中央に空間を作っておかなければ、だめだ。
点火すると、山肌に添い、南西から風が吹き昇ってくる。着火後に、その風で、組んだ井桁が早々に倒れないよう、北東側に突っかい棒を仕込むんだよ。
息子は、やがて自分の手で火床を完成させた。満足そうな笑みを浮かべた。
 
夕方の5時。火床が組み上がって準備が整い、夜8時の点火まで、特にやることはない。
暗闇が迫り、その夏がどんなに酷暑であっても、この頃には気持ちのいい風が吹き抜けた。
 
五山の送り火の起源については諸説あり、あまりよく分かっていない。
ただ、送り火は、時の権力者によって創始されたものではないらしい。地元の人々の信仰によって始められ、受け継がれてきたものだという。
お盆の時期に、火を焚いて、精霊を再び冥府に送る行事は、京都の五山の送り火に限らず、いろいろな場所、いろいろな方法で行われている。
 
毎年、燃える火床を見ながら、いつもわたしは、亡くなった伯父たちのことを祈る。
 
伯父のかけてくれた「よくやったね、頑張ったね」という言葉を、今度はわたしが、息子たちに声かけする順番が巡ってきている。
 
 
 
 
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2019-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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