メディアグランプリ

そもそも存在しない物語


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:堀井キミカ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
逆に、物語が全くもって生まれない状況はあるのだろうか?
 
国や刀剣が擬人化され、わずか数分足らずのCMに泣くほどの世界観を見出している世の中である。
点と点をつなげば出来はともあれ、大体、物語になる。
 
本当にどんな短いものにも物語は生まれるもので、例えば著名なアメリカ文学の一つ、トルーマン・カポーティ著『ティファニーで朝食を』のタイトルだけを見ても、その単語の組み合わせの意外性から、読む前から自分の中で物語を組み立ててワクワクしたものである。
 
しかし、これだけ簡単に物語が生まれやすい中にあって、私は最近、その中でも今までに無いような画期的なものを見つけてしまった。
しかも、そのカタチが購買意欲を非常にうまい具合にそそってくるから、大変厄介なのである。
現に私は出会った翌日にまんまとやられた。
 
通常、物語には始まりがあって、終わりがあるものである。
描写がされていないところはもちろんあるが、その「抜け」も読者に想像させるという仕掛けの一つで計算されつくされたものだから、「抜け」はあっても「無意味な隙間」は無い。
 
言わば、点が無数にあっていつの間にか線になっている、といったようなものだと思うのだ。
 
しかし、その物語というのはその基本形から少し外れている。
というのも、その物語には始まりも終わりも具体的な事件も無いのである。
隙間だらけで、ほとんど何も埋まっていない。
空白が大部分を占めているのだ。
 
あるのは「登場人物」という点のみ。
 
舞台としては19世紀末のイギリス田園地帯に建つ大邸宅。
その物語の発売元からは、上流階級の貴族が繰り広げる物語であると説明されている。
 
他に与えられる情報は、その登場人物たち各人の性格や血縁関係、他の登場人物との簡潔な接点のみ。
 
これだけを聞いたら情報量が余りにも少なすぎて、どこが「物語」と言えるんだ……つまらなさそう……と思う人もいるかもしれない。
しかし、ここが肝心なところなのだが、彼らはそれぞれに一クセも二クセもある人物で、おのおのが秘密や野心、復讐心、思惑、謎、危険な香りを漂わせているから、どうも一筋縄ではいかないのだ。
 
一人一人がややこしいものを内に秘めているのに、それらが色んな方向に絡み合って複雑になっている。
「〇〇が起こった!」という具体的な事件は何一つ言及されていないのに、各登場人物たちの説明を読んだだけで「もしかしたらこの人とこの人がこうなって、ああなってしまったのでは……?」という推理だけが勝手に働いてしまう。
何度も言うが、具体的な事件は描写されていないのに、である。
 
物語であると説明されているが、ストーリーラインといった筋は無く、各人と他の登場人物との関係を匂わせる説明が230字程度と簡潔にまとめられており、2019年9月23日現在で、その人数は16人分だけ。
 
「現時点では」、というのも、実は厄介なことにその登場人物は1年に2~3人増えていくのである。
終わりが見えないし、しかも何が起こっているのかも分からないまま、複雑怪奇な内情を抱えて、曖昧に干渉し合っては離れてゆくような人間関係のみが、登場人物が増える度に少しずつ明かされてゆく。
もちろん、新たな謎もはらみつつ。
 
それでは、こんなもどかしい登場人物たちの物語は一体どこにあるのだろうか?
 
それは、英国王室御用達の称号2つを保持するブランド、ペンハリガンのポートレートコレクションのパルファムである。
 
香水に物語があったのである。
 
それぞれの登場人物をモチーフにした香水が、着ける人々に、彼らを取り巻く物語背景への創造力を掻き立てるのだ。
 
そりゃあ複雑な物語を説明している暇はないのも納得である。
なぜならそれは、あくまでも香水なのであり、文学ではないからだ、と言えば身も蓋も無いだろうか。
 
ヒーローズジャーニーやといった王道の物語ではないのに、ここまで人を惹きつけるのは、もちろんその香りが後を引く中毒性の高い、忘れがたい個性を持っているからというのも理由の一つではあるが、私はこの「埋まる事のない空白を前提にした物語」という構造が、彼らと出会った人を離さない仕掛けだと考える。
 
その香水を嗅いでみても、買ってみても、物語の完全体が分かるわけでもないし、何か一つでも情報が明らかになることも決してない。
それでいて複雑さを匂わせ、空白は本当に空白でしかないのに、着ける人々はその隙間に物語を想像して組み立ててゆく。
 
その独自性はそれぞれの香りと共にクセになり、もう1本、あともう1本、と買いたくなる衝動に負け続けるのだろう。
 
そういえば、ペンハリガンのブランド紹介について「その香りには由緒正しい伝統とエキセントリックで独創的な世界が広がる」と記載がされていた。
 
がっちりと固められた物語をあらかじめ用意しておいてから、登場人物たちの香りを創作するのはありえる話だし、現に人気のアニメ作品ならキャラクターをイメージした香水を発売するのはお決まりのパターンである。
 
しかし、ペンハリガンのポートレートコレクションのように、物語をあえて埋めず、空白があることを前提とし、それでいて複雑な点と点だけを与えて楽しませるという奇抜なやり方はかなりニクい仕掛けだと感じた。
 
それは香水ありきで香水を際立たせるため、物語に夢中にさせないためなのだろうが、結果として空白である物語を想像する楽しみがスパイスとなって、香りのみならず非常に刺激的となっている。
 
実を言うと、私は残念ながらブルーベルジャパンの回し者でもないし、百貨店のフレグランスコーナーで売り子もしてもいない。
 
しかし、このコレクションだけは男女問わず体験してみてほしい。
 
日本で発売されているのは12人分だが、本国イギリスでは16人分が発表されているので、間もなく国内でも16人の肖像(ポートレート)を楽しめることだろう。
 
その時、どんな物語に出会ったか。
どんなクライマックスが紡ぎ出されたか。
 
ぜひ私にもこっそり教えてほしいものである。
 
 
 
 
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2019-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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