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リセットはお彼岸

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大矢亮一(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「良かったね、命を持って行かれなくて」
お彼岸になると墓参りをするのは、日本でよく見かける風景だ。
我が家も多くのご家族と同じように、秋のお彼岸で実家の墓参りだった。
大好きだった祖母が亡くなってからもうかれこれ二〇年以上になるが、墓参りの時には必ず手を合わせ、生前の祖母が私にくれた大切な一言を思い出す。
それは今でも、思い出すたびに心が洗われるようで、色々と日常のモヤモヤが一瞬リセットされるような、そんな気持ちにさせられる。
 
小学生だった頃の私は、落ち着きがなく、集中力に欠けることを毎度の通知表で注意される子供だった。
ある日、おつかいを頼まれて千円札を預かり、実家から三百メートルほどのところにあったスーパーマーケットへ走って出かけた。
途中、少し車の多い通りを渡ってお店につき、頼まれたお使いの品を持ってレジに並んだが、ポケットに入れたはずの千円札が見つからない。
ズボンのポケットというポケットを全部ひっくり返したが結局お金は見つからず、心配そうに見送ってくれたレジのお姉さんを背に店を出た。
今来た道をうつ向きながら、隅から隅まで落としたはずの千円札を探す。
しかし、それは見つからない。
一旦実家の前まで戻ったが、お金も見つからず、買い物のミッションも遂行できておらず、帰るに帰れないため、またうつ向きながらスーパーマーケットへと向かう。
だが、やはり見つからない。
何度か繰り返し往復をしていたが、途中にある板金屋さんの若いお兄さんが、見かねて声をかけてくれ、一緒になって探してくれた。
しかし見つからない。
半ベソをかいていたら、買い物からの帰りが遅くなった私を探しに母が現れた。板金屋のお兄さんが事情を話してくれたが、母は烈火のごとく私を叱責した。
普段からそういった問題を起こしがちだったこともあり、これが初めてではないとは言え、我ながら相当に凹んだ。
とりあえず、怒る母に連れられて家に帰った。
家では祖母心配そうに迎えてくれた。
祖母は、友人曰く宮崎駿監督作品『となりのトトロ』に登場する北林谷栄さん演じるとなりの家のおばあちゃんにそっくりだそうだが、その祖母に向かって母が不機嫌そうに事情を説明していた。
「本当にこの子は、やんなっちゃう。いっつもいっつも」
昭和の人なので、手も出そうな勢いだったが、祖母がそれを制し、母を奥に追いやると、こっそり千円札を一枚握らせてこう言った。
「良かったねえ、落とした千円札はきっとお前の身代わりになってくれたんだよ」
多分、その瞬間の私の顔は、文字通り鳩が豆鉄砲を食らったというアレだったのではなかろうか。予想もしていなかった言葉に、最初何を言われているのか分からなかった。
祖母は続けた。
「車の多い道路を通ったろ、きっとそこで落としたんだよ。でも、本当はそこでお前が車に轢かれるかもしれなかったけど、落とした千円札が身代わりになってくれたに違いない」
その瞬間にはもう私は涙が一杯になって留めておけなくなっていた。
「良かったね、命を持って行かれなくて。千円で命が買えたなんて、安いもんだね」
祖母はニコニコとそういうと、手を引いて一緒にスーパーマーケットへ買い物について行ってくれた。
道すがら、私はただただ泣いてた。
スーパーマーケットのレジのお姉さんは、
「見つかったの?良かったわね」
と明るく声を変えてくれたが、見つかったにも関わらず、ワンワン号泣していた私の心情までは理解できなかったことだろう。
当時そんな言葉はなかったが、シングルマザーの家庭に生まれて、頭も良い方ではなかった私が、よくも曲がらずに成長したねと、妻からたまに褒めてもらえることがあるのは、ひとえにこの時の祖母の言葉があってのことだと思う。
何事にも動じず、前向きに考え、決して人を避難しなかった優しい祖母。
 
今日の秋のお彼岸でも、お墓の前で手を合わせると、そのことを思い出し、そして、自分もまたそういう人間になりたいと思う。
毎回墓参りに来るたびにそう思っているという事は、まだそうなれていないことの現れなのだが、だからこそ、お彼岸の折には普段の自分の態度をリセットして、気持ちを一新してまたそうなりたいと思えることに感謝する。
次も、またその次も、きっと何回でも気持ちをリセットできる。私にとってお彼岸とはそういう日なのだ。
ありがとう、お婆ちゃん。
 
 
 
 
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2019-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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