辛い経験は、あなたの笑顔をつくる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:slowman(ライティング・ゼミ書塾)
「どーもー! おせわになってまーす!」
電話の向こうからいつもの通り明るいトーンの声が聞こえてきた。
以前バイトをさせてもらった会社の社長の声だった。
いつも楽しそうに話しをする社長、そして隣にいつも一緒にいる奥さん。
二人の周りにいる人たちの笑顔が絶えない、そんな明るいご夫婦である。
私がこの二人に会ったのは半年くらい前の冬だった。自営業の私が請け負っていた仕事がなくなってしまい、資金が見る見るうちに底をつき、次の仕事も見つからずバイトをさがしていたのだが、手元の資金は数百円。
バイトをしたくても交通費を使えば手持ち金0円になるそんな時、他から私のことを聞きつけて
「明日、うちに仕事しに来てください。その場でバイト代支払ますから」
と連絡をくださった方だった。
バイト内容は素人には難しい修理業務だったが、社長が誰にでもわかるくらい丁寧に教えてくださったので、大過なく無事仕事を終えることができた。そして即金でバイト代を手渡してくださった。
「しばらくこれるようでしたら来てください」奥さんがニコッと笑って言ってくださった。
今まで仕事をしてきた中で一番心に沁みる有難い言葉だった。
結局、このバイトをしている最中に生活できる仕事が出てきたので、バイトの方はやめさせてもらったが、この時期に手を差し伸べてもらえなかったら、私は今頃ホームレスになっていたかもしれない。
いつか改めてお礼に行きたいと思い電話をしたところ、冒頭のような明るい声で対応してくださったのだ。
久方ぶりに伺った会社は、相変わらず忙しそうでいてアットホームだった。
「あら、いらっしゃい」いつものようににこやかに声を掛けてくださった奥さん。
近くに来たので顔を見に伺ったんですが、お邪魔ではなかったですか、と尋ねると
「全然大丈夫、社長はもう少ししたら戻るので」と言って、コーヒーを出してくださった。
相変わらずお忙しそうですね、と話すと「おかげさまでねぇ。色々とお仕事をいただいて」と言われた。
お二人で仕事をこなしていらっしゃるので業務量が半端じゃないのが分かる。周りには多くの書類が積み上がっていた。
いつも夜遅くまで仕事されているのではないですか? お身体に支障きたしませんか? と尋ねると、こちらを見てニコっとされて「大丈夫です」と言われた。お帰りは何時なんですかと聞けば、「大体2時、3時かな」、と言われた。
え? 毎日夜中の2時3時まで仕事をしている!?
ビックリして口を開けたまま私を見て、クスっと笑って
「有難い話なんですよ、だってウチは……」
と話し始めた時に、急に奥さんの顔が真顔になった。
今から数年までは、県外にも営業所を出して業績が順調に伸びてきたのが、とある取引先の経営者が交代したとたん取引が全て打ち切られた。売り上げが下降路線を辿り、雇用していた社員もリストラにするしか方法がないときに更に追い打ちをかけるようにトラブルが発生した。
新規事業として目論んでいたシステム開発がとん挫し、商品開発を依頼していた会社と係争することになり、そこに莫大な費用がのしかかってきた。
立て続けに起こった問題から、社長夫婦は一から売り上げを積み上げるしかなかったのだが、今まで親会社からの発注のみでやってきたOA機器販売の中小企業が、いきなり営業をしてもすぐさま取引先が見つかることはなく、地をはいずりまわるような日々が襲った。
営業をしてもしても売り上げが上がらない毎日。経営資金は底をつき、遂には消費者金融へと手を付けざるを得なくなった。膨らむ借金。
まだ数年前の話なのに、順風満帆に進んでいた日々がまるで昔のように感じるくらいに辛い日々が続いた。
ある日の夜、「死のうか」とポツリ奥さんが独り言のように言ったときに、隣でイスに座っていた社長が床に膝をついた。そして社長の目から堰を切ったかのように大粒の涙が滝のように流れ始めた。二人して号泣した。
どれくらいの時間を二人で泣いていたのか分からないくらい時間が経った後、社長は静かに立ち上がった。
目を真っ赤にした奥さんが「どこへいくの」と聞いたら、OA機器の倉庫、と一言だけ残して向かった。
社長が向かった場所には、取引先から回収した壊れたOA機器が置いてあった。
「俺にはこれしかない」
社長はもともとOA機器の修理を専門にしていたエンジニア。サラリーマン時代から30年以上、数百台のOA機器を修理してきたプロ中のプロだった。
彼はホームページを立ち上げて、一般の人には修理できないOA機器の修理業務を受ける旨を発信し始めた。どうやれば自社のホームページにアクセスさせることができるのか、どうすれば注文が来るのか、SEO対策やホームページの導線づくりを徹底的に作りこみ、なりふり構わず日夜没頭した。
それから3ヶ月。
ホームページから注文がポツリポツリと入り始めた。今まで鳴らなかった電話に修理依頼の問い合わせがかかってくるようになった。
そして半年後には、OA機器の修理依頼で電話が鳴りやまなくなった。
少し昔を思い返すような眼をして話をしてくださった奥さんが我に返るように
「こんな経験をしたら、お仕事をいただけることに感謝しないといけない、と思うんですよ」
と言ってまたいつも通りのニコッとした笑顔を返してくださった。
社長が、事務所に戻ってこられた。「元気?」と相変わらず笑顔で声をかけてくださった。
この社長が経験した過去からはとても想像がつかない満面の笑顔だった。
この笑顔を見て、ハッとした。人は辛い経験をするから、痛みを知ることができて、同じように苦しんでいる人に優しく笑顔でいられるのだ。そして、辛い経験をすることで、その痛みに耐え忍ぶことができる人の器が広くなっていくのだと実感したのだ。
「社長、その節は、バイトさせてもらってありがとうございました。大変助かりました。たまには一緒に飲みに行きましょうよ、私、おごりますから!」
「おごり? おごりなら行こうかな」
そう言って笑う社長。隣で微笑む奥さん。
この二人からはまだまだ学ばせてもらうことがありそうだ。
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