メディアグランプリ

教える難しさ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西田千佳(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「分からんもん! 知らんもん! 出来んもん!」
 
また、始まった。
この言葉を聞いて、私のテンションは一気に下がった。
それまでせっかく積み上げた時間が台無しになった気がしたからだ。
そして、だんだんイライラが募り始めた。
 
「お姉ちゃん、宿題やろ~」
「『やろ~』じゃなくて、『教えて』でしょ」心の中で軽く舌打ちしながら、私は妹を手招きした。2つ下の妹が、ちょこんと私の隣に座った。妹は宿題が進まないと、いつも私を頼ってきていた。
小学生の頃、私はいつも妹の宿題を手伝っていた気がする。よくケンカもしたが、姉を慕ってくる妹を突き放す理由はなかったからだ。
 
両親からは、いつも「お姉ちゃんだから、妹の面倒ちゃんと見てよ」と言われていた。仕方ないと思いながら、妹の宿題を見ていた。
理解してくれることも多いが、途中でつまづくとだんだん落ち着きが無くなっていった。
イライラが顔に出始めた。
「もうちょっとで終わるから、あと少しやろう」
なだめても、既に遅かった。
「だって、分からんもん! 知らんもん! 出来んもん!」
こうなると、もう手がつけられなかった。口ゲンカになり、私は声を荒げた。
「もう二度と教えんよ!」いつも捨て台詞を残して、私は自分の部屋に戻った。
だが、当時は妹と同じ部屋だったので、一緒に寝るしかなかった。妹が部屋に入ってきても、翌朝まで一言も言葉を交わさなかった。
 
学校で一日過ごすと、お互いそんなケンカをしたことを忘れてしまっていた。
だからまた、妹が甘えた声ですり寄ってくる。お互いイライラしてキレる。口を聞かずに寝る。そんな毎日を繰り返していた。
すり寄ってくる時は「可愛いやつ」とも思ったが、逆ギレされると憎らしくもなった。
 
学校でも、同級生に勉強を教えることはあった。
同級生から頼られるのは嬉しかったし、「ありがとう」と言われるのも嬉しかった。
「人に教えるという仕事もいいのかな」と思うこともあった。
 
しかし、妹だけは違った。甘えて頼ってくる回数も多いが、「分からんもん! 知らんもん! 出来んもん!」と言われる回数も多かった。
妹の口癖のようにも思えた。
その言葉を聞くたび、教えたいという気持ちが減っていった。
 
せっかく教えているのにキレられると、だんだんと教えることがしんどくなった。
教えることに自信がなくなった。教えることが嫌いにさえなった。
同級生には教えても、妹に教えることはなくなった。
 
大学受験を考えた時、真っ先に教育学部を選択肢から外した。
先生になろうなんて、一ミリも考えられなかった。
大学生の時は、塾の講師や家庭教師のアルバイトは絶対に選ばなかった。
他のアルバイトと比べて時給が良いのは分かっていたが、人に教える自信はないし、しんどい思いはしたくなかったからだ。
 
それから月日が経ち、私は甥っ子と遊ぶことが増えた。甥っ子とは妹の息子だ。
妹夫婦が近くに住んでいたため、甥っ子はよく遊びに来ていた。
一緒にトランプやゲームをすると、甥っ子自身が一番にならないと機嫌が悪くなった。
甘えん坊の親の子供だからか、少し甘やかされて育ったようだった。
 
ある夏休みの日、甥っ子と遊園地に行った。
小学校低学年の甥っ子は、乗り物よりも、遊園地の中にあった釣り堀に興味を持った。他のお客さんが大きな魚を釣るのを見て、自分も釣りたいと思ったようだった。
釣竿を一本借りて、甥っ子と一緒に釣ることにした。
 
釣り堀のお兄さんから、餌のつけ方と竿の投げ方、竿を上げるタイミングなどを教えてもらった。釣り針に餌をつけるのは、私の役目になった。
「早く餌つけて」と急かされる。つけた途端、甥っ子は竿を投げた。
 
最初は、何度投げても何もかからなかった。餌をつけて竿を投げる、何度も繰り返した。
甥っ子の顔がだんだん悲しげになってきた。
隣の男の子が魚を釣り上げるのを見て、また竿を投げた。だんだん甥っ子は半ベソをかき始めた。
甥っ子の顔を見て、私は妹の言葉を思い出していた。
「同じことを言われるかもしれない」そう思って、私のテンションは下がっていった。
 
しかし、甥っ子は違った。
泣きそうになりながらも、竿を投げ続けていたのだ。
その姿を見て、私はお兄さんに教えてもらったのと同じアドバイスをしてみた。
「もうちょっとだけ待つと、きっとうまく引っかかるよ。せーの、はい!」
すると、うまいこと魚が食いついた。甥っ子を手伝って、一緒に竿を上げた。
なんとイワナが釣れてしまった。
この時の甥っ子の満面の笑みは、今でも目に浮かぶ。
 
甥っ子の笑顔のお陰で、少しだけ人に教えることに自信が持てたように思えた。
 
何故、妹には同じようにできなかったのだろうか。
今思うと、自分が姉だという義務感だけでやっていた気がする。
妹は、近い存在であるから、お互い腹の立つことも多い。一緒に生活していたから尚更だ。
甥っ子は、近いけど少しだけ遠い存在だ。だから可愛いし、嫌われたくないという意識が働いた。同級生も同じだ。嫌われたくはないし、きっと丁寧に教えていたはずだ。
 
妹も甥っ子も可愛いが、どこかで私の意識が違っていたのだ。
 
妹にきちんと教えられていたら、人生違う道を歩いていたかもしれない。今更遅いかもしれないが、気づけただけでも良しとしよう。
 
 
 
 
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2019-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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