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情けは猫の為ならず?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岡田ゆり子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「4ヶ月間、うちの2匹の猫を預かってもらえませんか?」
 
知り合いのAさんから突然切り出された。
彼女は旦那様の仕事の関係で、ここアメリカに数年間住んでいたのだが、急遽旦那様の会社の辞令で日本に帰国することになったそうなのだ。
 
飼っている猫は、日本の動物検疫の関係で、アメリカで狂犬病の予防ワクチンを摂取してから、180日経過しないと日本へ入国できないらしい。Aさんと旦那様は、帰国の辞令がでてからすぐ猫にワクチンを受けさせたが、猫が日本に入国できる迄には後4ヶ月間程あり、翌月にAさんご夫妻が帰るタイミングで、一緒に日本に連れて帰ることができないとのことだった。
 
猫に残された今後のオプションは2つ。アメリカで誰かに4ヶ月間預かってもらった後に、Aさんが引き取りに来る。あるいは、成田までAさんご夫妻と飛行機で行って、成田の動物検疫所の待機施設で4ヶ月間待機する、のどちらかだった。
 
うちの子供達はずっとペットを飼いたいと言っていた。夫も然り。だけど、私が躊躇していた。
 
当時の私は、反抗期に入って言うことを聞かない子ども達に手を焼いていた。また、兄弟同士は朝起きた瞬間から、罵り合いの喧嘩が始まるし、私と夫も些細なことですぐ口論になるので、お互いに話をするのを避けていた。家族皆がイライラしていた。
 
こんな家庭内の状態だったから、周りの友人達のように、自分の子供に加えて、ペットにまで掛ける余分な愛情なんてはっきりいってなかった。女性の持っている卵子の数が、生まれたときに既に決まっているように、人間の愛情の量も決まっていて、もう私のそれは、枯渇してしまったように感じていた。
 
ただ、事情もわからずに成田の動物検疫の待機施設に長期間いることは、猫にとってもストレスになるだろうと想像した。少なくとも、私が猫だったら絶対嫌だと思った。それなら我が家でお預かりするほうがまだましかもしれないと、色々悩んだ末4ヶ月の間、2匹の猫を預かることに決めた。
 
こうして我が家に2匹の猫がやってきた。彼らはそれぞれ英語名が付いていたが、一匹は黒猫だったからヤマト、もう片方はグレーの猫で今にも雨が振りそうな空の色だったからソラと名付けた。
 
我が家に猫がやってきた日、ケージを開けると、蜘蛛の子を散らすように、二匹の猫はどこかに隠れてしまった。しばらくして黒猫のヤマトがホコリまみれになってベットの下から出てきた。その姿が愛くるしくて、家族みんなでほっこりして笑った。家族で一緒に笑うなんて、久しぶりだった。
 
猫はきれい好きだと聞いていたけれど、トイレも「ここだよ」と一度教えたら、粗相をすることなど一度もなかった。まるで手のかからない赤ちゃんのようだった。
 
猫はお風呂に入れなくても、毛づくろいを自分でしているからか、真新しい文房具の匂いがして、とてもいい匂いだった。目に入れても痛くないという表現があるが、可愛くて本当に目に入れたくなった。猫と接する度に、砂漠のオアシスに水が湧き出るように、干からびた私の心から慈しむ気持ちがじわじわとにじみ出た。
 
そして、なぜか猫に話しかける時、家族全員が赤ちゃん言葉になった。例えば、
 
「おなかちゅいたの?」
「トイレに行ったの? おりこうさんでちゅね」
 
こんな具合だ。猫を見たら、イライラした気持ちもどこかへ消えて、自然と表情が緩んで笑顔になった。大きな声が猫にとってストレスになると知って、家の中で怒鳴り合うことも減った。
 
外で嫌なことがあって、一人で落ち込んでいると、ソラが足元にすっとよってきて、頭をスリスリしてくれたことがあった。普段は距離を置いているけれど、まるで人の心が読めるかのように、寄り添って慰めてくれているようだった。猫の仕草を見ていると、人とお付き合いするときの理想的な距離感を教えてくれているようだった。
 
このように、猫と過ごす毎日は、新鮮で驚きの連続だった。猫の仕草に家族皆が一喜一憂した。猫の話題で夫とも話す機会が増えたし、猫の話題なら、口論にならなかった。
 
楽しかったからこそ、約束の4ヶ月はあっという間に過ぎて、Aさんのご主人様が、猫を引き取りに日本からやって来た。その時、私は必死で笑顔を作って猫たちを見送ったけれど、娘は泣いていた。
 
我が家から猫がいなくなって、彼らにどれだけ支えられていたのかということを身にしみて感じた。私達家族は皆がペットロスに陥った。
 
今思うと、猫たちは我が家にとって、まるで軽石のようだった。軽石が、足の裏のささくれや、固くなった角質をきれいに取り除いて、すべすべにしてくれるように、猫が、私たち家族の固くトゲトゲとした気持ちをこすり取って、丸くして、家族内の確執を取り除いてくれたようだった。その結果、家族のコミュニケーションがスムーズになって、バラバラだった家族が、猫を中心に一つになれたような気がした。
 
「情けは人の為ならず」ということわざがあるが、結果的に、猫のために一役買ったつもりが、私達家族が、直接、猫達からこんなに恩恵を受けることになるとは思いもしなかった。
 
それから2ヶ月後に、家族全員の意見が一致して、今度は我が家専用の軽石として、ずっと一緒にいてくれる保護猫を施設から受け入れた。
 
これからもずっと、その軽石の猫ちゃんで癒やされながら、家族皆の心がひび割れたり、角質になってカチカチに固まってしまう前に、毎日各自がその軽石で心のお手入れを続けて、すべすべした気持ちを維持できたら良いなと思う。
 
 
 
 
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2019-10-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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