電子断食
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:鵜木重幸(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ピピピッ、ピピピッ」
目覚まし時計がなっている。
耳障りな電子音、不快な目覚めだ。
「ん?」
寝ぼけた頭が、徐々に立ち上がって来るにつれ、いつもと状況が違うことに気づいた。
普段はスマホの優しいアラーム音で起きている。
今日はそれに気づかなかったようだ。
目覚まし時計は、万が一のためのバックアップである。
「ヤバイ、寝過ごしたか?」
勢いよく飛び起きた私は、先ずは目覚まし時計で時刻を確認。
アナログの針は、6時50分を指していた。
大丈夫だ、急げば間に合う。 7時半に出発すれば何とかなる。
チョット安堵した私は、いつの通り、スマホから軽快な音楽を鳴らそうとした。
いつもやっている朝の景気付けだ。
「あっ? どうなってんだ?」
スマホが全く反応しない。
「バグったか?」
まぁまぁ、たまにはある事と再起動を試みる。
「オイオイ、どうなってんだ!」
再起動もかからない。
出発時間が時々刻々と迫り、焦りまくる私。
どうやら重症のようである。
「あっきらめ、た~っ!」
私は、スマホの無い、「電子断食」をする覚悟を決めた。
朝の忙しい時に、突然襲ってきた「まさか」の大惨事。
何の予告もなく、突如、電子ライフを剥奪された私は、30年ほど昔の世界へ放り出されたのである。
不都合な現実は、家を出る前から発生した。
スマホに頼っていた、朝のルーティンができない。
それが原因で、精神的に落ち着かない……
天気予報、一日のスケジュール確認、Podcastでのニュースチェックなど……
いずれもパソコンでもできるのだが、スマホの手軽さに慣れているため、時間のない朝に、パソコンでしようとは思わない。
朝のリズムが乱れ、調子が上がらない。
「おっと、今日はいつもより遅いのだ!」
調子云々など、そんなことは言ってられない。
いつもと異なったテンポに違和感を感じつつ、私は急いで家を出た。
ここから3km程は朝の散歩だ。
健康のため、バス利用をやめてから、ヘッドホンで音楽やオーディオブックを聴きながら歩いている。
だが、今日はそのスマホが無い……
ヘッドホンの装着無しで街に出るのは久しぶりだ。
街の騒音を聞きながらの歩きは、自然の中で耳をすまして歩くのとは違い、心が癒されるものでは無い。
いつもと同じコース、歩くペースも同じはずだが、ゴールがものすごく遠く感じられた。
実は、聴きながらの歩きは、脳へ意識を集中させるため、歩くことの方に、あまり意識が行っていない。
騙された脳は、疲れを感じ難くなり、テクテク軽快に歩いていたことを発見した。
脳に意識させなければ、しんどいこともスイスイできてしまう様だ。
会社へ到着前、近くのコンビニに立ち寄った。
いつも通り、パンとお菓子をカゴに入れ、レジ決済の直前に無意識にスマホを探して気づいた。
「そうだった、支払えない……」
ここ最近は、電子決済を利用している。
paypay、d払い、iD、QUICPay……
いずれもスマホでの支払いだ。
私は便利さとセキュリティの観点から現金を持ち歩かない様になっていた。
たまたまカバンに入っていた、nanacoカードで支払いをし、こと無きを得る。
いいおっさんが、お金ありません、ではシャレにもならない。
本当にヤバかった……
会社に着いてからは、特に不便な事はない。
社用電話や会社のパソコンがあり、いつも通りの業務ができる。
とはいえ、何となく落ち着かない。
こんな時に限って、家族に何か起きるんじゃないか?
田舎の両親が急に連絡を取りたい事が起きるんじゃないか?
着信できない状態が、不安を掻き立てる。
放っておくと、次から次へと不安や心配事を想像してしまう。
私は不安から逃れるため、仕事に集中することにした……
突然襲ってきた電子機器トラブル。
30年ほど前は、そんなに普及していなかったスマホ。
スマホおかげで、驚くほど便利な世の中になった。
だが、時が経つにつれ、いつの間にか、その存在が普通になり、当たり前になり、生活の、そして、身体の一部になっているのに気付かされた。
身体の一部であれば、定期的な検診、そして、「まさか」の時の備えは必要不可欠である。
「まさか」の備えといえば、防災グッツ、水、食料の備蓄などを実践している人も多いだろう。
これからは、自然災害と同様に、電子機器にも「まさか」の備えが必要である。
全ての便利さというものは、まるで、魔法をかけられたカボチャの馬車の様である。
人間が作ったものに、永遠というものはない。
いつかきっと、思わぬところで、魔法が解け、夢から目覚める時が必ず来る。
人生に3つの坂があるように、電子機器にも3つの坂があるようだ。
便利さゆえに生活のクオリティを上げてくれる「上り坂」
経年劣化や新製品の登場により陳腐化する「下り坂」
そして、可愛がってくれた主人を裏切るかのように突然故障する「まさか」
その「まさか」に備えるために何をすべきか。
「電子断食」はそれに気づく貴重な体験であった。
あなたも早いうちに「電子断食」の実践をお勧めします。
あなたにとっての「まさか」に気づくために……
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