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ぶち猫と父の生きる未来


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大原亜希(ライティング・ゼミ日曜日コース)
 
 
「あれ、何か落ちてる」
 
駅からの帰り道、住んでいるマンションの前の道路に、何かが落ちているのが見えた。
西の空にほんのり夕焼けが残っているぐらいの時間だったから、遠目からは何なのか分からなかった。
 
歩きながらそこに近づいたところで、私はその正体に気付いて思わず目を背けた。
道路に横たわっていたのは、白と黒のぶち模様の子猫だったのだ。
子猫はもう、ピクリとも動かない。
 
胸をきゅっとつかまれるような思いで、その横を通り過ぎる。
なんだか、変な違和感があった。
私はたぶん、この子猫を知っている。
 
ああ、そうだ。
昨日スーパーからの帰り道で、公園で出会った子猫だ。
ベンチでくつろいでいるお爺さんの周りを、鳴きながらくるくると回っていた。
いつも、そうやって、公園に集まる人から、エサをもらっていたのかもしれない。
ずいぶん人懐こい猫だなあ、と、その時思ったのを思い出した。
 
死は、自分が思っているよりもずっと、身近にあるような気がする。
 
2016年4月、早朝。
LINEの着信音で目が覚めた。
2か月前に働き始めた職場での仕事がすごくきつくて、眠りが浅かったのだけれど、それにしても不思議なほどぱっちりと目が開いた。
 
携帯の時計で時間を見て、胸がざわついた。5時23分。
まだメッセージを見ていないけれど、私にとって嬉しくないニュースが、書かれている。
そんな妙な予感があった。
どうか気のせいでありますように、そう願いながら画面を開く。
 
「親父が心筋梗塞で倒れて運ばれたって。メッセージ見たらひとまず電話ちょうだい」
送り主は、遠方に住む兄からだった。
 
私は少しぼんやりしたまま、その文章を何度も読みながら自問した。
 
これは、夢の中だろうか。
それとも、現実だろうか。
私はよく、現実そっくりの夢を見ることがあるのだ。
 
あまり実感がないまま、兄の携帯の番号を探して、発信ボタンを押す。
 
「もしもし?」
思ったより早く応答したことに驚いた。
兄の声はもうずいぶん前から起きていたような、しっかりした声だった。
「うん。……親父が倒れたって。病院から連絡があった。俺、始発で向かうけど、お前仕事休めないよな。……来れそう?」
泣いているような、震えているような、兄の声を聞きながら思った。
 
ああ、そうか。
どうやらこれは、現実のようだ。
私の父は、倒れたのだ。
 
出勤日だったけれど、私の答えは一択だった。
父が大変な時に休ませてくれない会社なら、こっちから願い下げである。
「私も始発で帰る」
「わかった。じゃあ病院で」
 
電話を切ると、急に涙が溢れてきた。
父は一人で住んでいる。
すぐに救急車を呼べたのだろうか?
父の症状は何も分からなかった。
分かっているのは、父の運ばれた病院の名前だけだった。
 
家に帰るまでの早朝の電車の中でずっと、私は泣いていた。
父子家庭で、小さい頃からなんでも父に相談してきた私にとって、父は大切な存在だった。
 
もし父が逝ってしまったらどうしよう。
もしもう話せなかったらどうしよう。
神様どうかお願いだから、今わたしが持っている全てを失ってもいいから、父の命を助けて下さい。
そう、ずっと祈っていた。
 
病院には兄の方が先についていて、父が今集中治療室にいることが分かった。
担当の医師が、兄を呼び、私も一緒に説明を受けた。
 
救急車が到着するまでに時間がかかったこと。
もうあと30分遅ければ、命の危険があったこと。
そして今はもう、危険な状態を過ぎたこと。
 
少しだけなら面会できるというので、集中治療室に向かった。
透明のカーテンの向こうで、たくさんの管をつけて横たわっている父の姿を見たら、ほっとしてまた涙が出た。
 
父はまだ麻酔の影響でぼうっとしていたけれど、私と兄の姿を見ると、
「来てくれたんか」
と小さく言い、力なく笑った。
その様子があまりにも、あっけらかんとしていて、私も兄も思わず目で笑いあった。
 
仕事でよく
「やりたいことがあるけど、行動を起こせない」
「転職するかどうか迷っている」
という相談をいただく。
 
「もし世界が1年後に滅びるとしたら、どうするんですか?」
そう尋ねると、答えは大抵決まっている。
「明日にでも、退職届けを出すと思います」
 
私達はなぜか、未来はずっと続いていくと信じているみたいだ。
明日も来年も10年後も、きっと自分にはやってくると信じている。
だから、今、決断することをためらう。
変わることを、ためらう。
 
未来は誰にも約束されていない。
悲観的な意味ではなく、世界はそういうものだと私は思うようになった。
 
父は心臓の手術以来、働いていた頃には出来なかった、たくさんのことをやり始めた。
日本中に友人と旅行に出かける。お芝居を見に行く。
ヨガを習ったり、スペイン語を習ったりしている。
 
「やりたかったことを、やって生きていきたい。」
父はそんな風に言っていた。
あの手術以来、前よりももっと楽しそうに生きている。
私にはそう見えるし、そうあってほしいと願ってもいる。
 
翌朝、マンションの外に出ると、そこにもう子猫の姿は無かった。
後ろからやってきた赤い自転車が、子猫のいた辺りをするりと通り過ぎた。
あの人はきっと、子猫に起こったことを知らないだろう。
 
駅に向かういつもの道を歩きながら、思った。
私は今、子猫が生きられなかった未来を生きている。
だからこそ、自分に問いかけることを大切にしたい。
 
「私は今、明日死んでも後悔しない生き方をしているだろうか?」
 
 
 
 
***
 
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2019-10-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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