火星をバイクで走る。
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記事: MDR(ライティング・ゼミ日曜コース)
今日も外に出られなかった。
アフリカまで来て、何やってんだか。
青年海外協力隊としてアフリカに2年間くらした。世界最貧国と呼ばれるところだ。20代半ばの私は、別の国の滞在経験もあり、次はアフリカまで行っちゃうぞ!と意気揚々と向かった。だが、アフリカはそれほど甘くなかった。
街に出れば、現地の人たちの好奇の目。エリアによっては危険な場所もあり、緊張が抜けない。バスに乗ればニワトリと一緒にギュウギュウ詰めにされ、同乗者のきつい体臭が鼻を突く。
一応勤務先は決まっていた。しかし、仕事はない。もちろん何日か行ったけれど、所在無さすぎてあんまり行かなくなった。本当はそれでも行って、信頼を勝ち取り、仕事をつくる……というのが、美しいストーリーなのだけれど。
職場近くに用意してもらった住居も、お風呂はなくバケツで水浴びするブースがあるだけ。台所は電熱線グルグルの熱源がひとつ床においてあるだけ。窓からは、隣の子供がじろじろ覗き込んでくる。電気も水道もない家もあるからそれよりマシだと思い込もうとした。だけどあまりにつらくて、結局30分離れた別の家に変えてもらった。そこはバスタブがあって、キッチンもある。今度は、その居心地がよすぎて、軽いひきこもり状態になった。
負けて、逃げて、落ち込む、という日々が続いた。
その日、私は2時間ほど離れた湖に向かっていた。
あれこれ言い訳をつけて、バイクに乗れる手続きをしたのだ。
ヘルメットとグローブをつけてバイクのエンジンを掛ける。家を出ると、埃っぽいにぎやかなエリアだ。壊れかけたレンガづくりの店や、ベンダーと呼ばれる道端で物を売る人たち。踵がすり減ったビーサンを履いていればいい方で、はだしの人も多い。あからさまにガイジンの女がバイクに乗ってるから、じろじろ見られる。道路は一応舗装されているけれど、真ん中に穴が開いていることもあるから、気は抜けない。
街なかの雑踏を抜けると、広いアフリカの大地が広がってきた。
水平線の上半分が青い空で、下半分が赤い土。
青い空には、シュークリームみたいな雲。
赤い土には、点々と木が生えている。
125ccヤマハのオフロード用バイクは、トトト……と快調な音を立てて走る。信号も他の車もほとんどない道を一時間ほど走っただろうか。だだっ広い景色をぼんやり見ながら、既視感に襲われた。この景色、どこかで見たことがある。
赤い大地は、まっ平らではなく、なだらかなアップダウンがあって、遠くまで見渡せた。その真ん中を道が走っていて、遠くにおわんみたいな山が見える。
「ああ、火星だ……」
言葉で説明しようとすれば、写真で見た火星に似ていたとか、岩石の多い地球型惑星の特徴が共通していたとか、そういうことになるだろう。でも、そのとき私は、ああ、ここ火星だ、とシンプルに思ったのだった。私は今、火星をバイクで走ってる。国や地域を越えて、地球、惑星というスケール。映画のカメラの画角がぐわっと変わるように、小さな自分から惑星サイズに画角が広がった。ああここ、太陽系なんだ、という実感が沸いてきて、震えた。
そこから1時間の火星ツーリングは、これまで人生で最も素敵な時間のひとつだ。
到着した世界遺産の湖は、美しかった。クリーム色の砂浜に、エメラルドグリーンの水。夕焼けの朱色が湖面に反射する。丸太をくりぬいた舟で漕ぎ出し、魚を捕る人たち。ぷりぷりのおしり丸出しで泳ぐ子供たち。その子供らが、ガイジンを意味する「アズング!」と声を掛けてくるから、こっちもコドモを追い掛け回したりした。
最貧国の人は、いい人たちだった。体臭も慣れた。甘すぎるお茶も慣れた。ベンダーと価格交渉して物も買えるようになった。彼らの目はキラキラしていた。よく考えたら、東京の通勤電車の死んだ目のほうがよっぽど怖いじゃないか。干ばつがきたらコロコロ死んでしまうのは悲しいけれど、生き物としての人類は、本当はそんなものなのだろう。壮大な自然の中で、小さな生き物が、精一杯生きている。
結局、何も結果を出せたわけではないから、私のアフリカ滞在は負けて終わった。
でも、私が何の役にも立っていなくても、それでいいんだ、と思えるようになった。
ここが地球でも火星でも、誤差範囲。たいした違いはない。
圧倒的に大きくて美しい地球にあって、非力で小さい人間。
小さいけれど、人間は美しい。
小さいけれど、生きていこうと思うのだ。
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