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メディアグランプリ

山を趣味にし続けるために

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:堀江 加奈(ライティング・ゼミ特講)
 
 
今日も、雨が降っていた。
休日になると私は、雨でも雪でも槍が降っていても、心が山に向かう。
急に夜中に目を覚まし、再度寝付くことができず、そのままクルマに飛び乗って山に向かう、ということもあったくらいだ。
晴れると、頂上からの街並のきらきらした眺望を想像して、心が躍る。夕暮れ時には、知らない人たちと肩を並べて沈み行く夕陽を見送るときの、軽い切なさを思い出す。今日みたいに雨が降り続くと、私がいない山の中、誰もいない雨の森で何が起こっているのか、見に行きたくてたまらない気持ちになる。
 
『なぜ、山に登るのか。そこに山があるからだ』
 
あまりにも有名なフレーズ。これはイギリスの有名な登山家であるジョージ・マロリーが、1923年に、翌年に控えたエベレストへのアタックに向けて発した言葉である。
時に哲学的な場面で、人生を山にたとえて使われることもあるフレーズだが、有名な登山家でさえ、山に登ることがどういうことなのか、名言していないのである。
 
なぜ登るのか。私はなぜ、山に心が向かうのか。
ときに“取り憑かれている”とも揶揄されるそれは、出家する気持ちに似ているのではないかと思う。山に籠もる数日間だけのプチ出家。
 
浮世から離れ、自分の力だけで歩かないとたどり着けない非日常の世界。
素晴らしい景色、初めて見る生き物、街にはない暗闇、首がすくむほどの星空。
それを見に行く。それはとても価値のある体験だと思う。
 
ただ、それ以上に、山にいる間は、何も考えない“無”になる時間がとても多い。
 
夜も明けない暗い時間、登山道の入り口に立って、毎回思うこと。それは『なんでこんなところに来てしまったのだろう』。
なんでこんなことしているのだろう。なんでこんなつらい思いをしているのだろう。
そうだ。気分転換に来たんじゃないか。あんな忙しすぎる職場なんて! と思って山に来たのに、なんでこんな余計に疲れることをしているんだろう!!
歩き始め、息が上がり、鼻も口も吐き出すのを忘れるほど空気を吸って肺に送り込んで赤血球に乗って酸素が体中を巡っている。さっき食べたおにぎりは、いまようやく胃袋通過。なんて、煩悩にまみれて、どうでもよいことをぐるぐる考えているうちに、“無”がやってくる。
 
“無”
苦しいことや悲しいこと、投げ出したいことも、一時の高揚感や幸福感でさえ、すべて消えてなくなる。すっと胸が軽くなり、浮世のことなんてどうでもいいと思うようになったころから、足取りが軽くなる。
お腹が空く。ごはん食べたいなぁ。
喉が渇く。水が飲みたいなぁ。
お腹がゴロゴロする。トイレに行きたい!
うわあ! すごい朝陽だ!
とてもシンプルに、自分が生きることしか考えなくなるのである。
 
一方で、山はとても危険が伴う場所である。
毎年、山では300人以上もの人が命を落とすし、真夏のトムラウシ山での遭難と凍死や、御嶽山での噴火による死亡事故などが記憶に新しい。ジョージ・マロリーも、あのフレーズを残した翌年のエベレストアタックで亡くなっている。気を抜けば一瞬で生命を落とす危険が、常に隣にいる。
それだけ、自分の命を自分だけが握っている世界なのだ。
私たちは、常にだれかに守られ、守られることが当たり前になると、自分自身で生きるということを忘れがちになるのではないかと思う。
職場や家庭に長く身を置くと、そのうちふとしたことで文句を言い始める。「上司が」「夫が」「両親が」。しかし、それは守られて生きるが故のわがままではないか、と我が身を振り返る。
そのリセットするスイッチが、私にとって山に登ることなのである。
 
下界で暮らす間、私たちはひたすら何かを考える。
人はたった1日で9,000回の判断・決断をしているのだという。
今日は何を着るか。ごはんにするか、パンにするか。何分の電車に乗るか。会社での今日の作業フローはまずメールをチェックして・・・。
それこそ山のように降ってくる、あるいは沸いてくる「思考」は、多くなりすぎると精神的に不調をきたすとも言われている。それを一度ストップして、何も考えない数日をつくる。生きることだけをする数日にする。なんと幸せなことか。
 
息を切らして山道を登り続け、途中でやってくる“無”を手に入れたら、山小屋のそばの平らな場所に小さなテントを張って今晩の住まいをつくり、目の前に広がる景色を見つめながら、夏なのにダウンを着こんで夕飯を食べて、暗くなるのとともにシュラフに潜り込む。
夜中に目を覚まし、テントの端に片寄った自分を見て「しまった!ここ、やや斜めだった!」と後悔したり、朝起きると天気予報に反して風速25m/sの大嵐でいちにち寝てやると心に決めたり、トイレがないから微生物の活動が活発な地面下15cmを目指して穴を掘ったり。
そうやって、生きることに強くなっていく。
そうして、浮世に戻ってくるのである。
 
私は登山家ではなく一端のサラリーマンで、山はたくさんある趣味のひとつである。
ただ、山に心が向かうことを「趣味」と片付けてしまうには、これまで、大きな違和感があった。だから、これからは、山に心が向かうことを『プチ出家』と呼ぼうと思う。
 
 
 
 
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2019-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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