神様がくれた時間
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記事:溝口 弘子 (ライティング・ゼミ日曜コース)
「何もしなければ、あと1〜2ヶ月だと思います」
母が入院してから約3週間して伝えられた言葉。
母のかかっている病名はパーキンソン病。
パーキンソン病は簡単に言えば、脳の神経伝達がうまくいかなくなることによって、手足の震えや歩く時に足が出にくくなるすくみ足など様々な症状が出る。
母は7年ほど前から診断され、今まで2回入院している。
パーキンソン病は進行してくると、薬の効いている時間(オン)、効かない時間(オフ)で全く状態が変わってくる。
飲み込み力が弱ってくることもあり、食事や水分を摂らなくなってくる。
そうなると脱水症状を起こして入院という流れだ。
それでも、これまでは2〜3週間程の入院で薬を調整することによって、回復して退院してきた。
薬がオンの時は短い距離や室内もつたい歩きができた。
4月の時点では徒歩3分の距離にある近くの小学校まで選挙だって行けたのだ。
それがわずか2ヶ月後の6月。
飲み込みしづらいとこぼしていたのが、薬が飲み込めない、水も飲めない状態になった。
薬を粉々にして溶かしても、液体が飲み込めないため、吐き出してしまう。
そうなると、当然薬がオフになるため、身体を起こすこともできない。
それでもトイレに行きたがるので、私と父とで代わる代わるトイレに行く介助をする。
最初は小さい声で「うーうー」と私たちを呼んでいたのが、声も出なくなってきて、渡してある鈴で呼ぶようになる。
夜中に「チリン」と鳴る鈴の音が気になり、眠りが浅い日が続く。
父も私も消耗してきたある日、母の様子を見に行くと、硬直した手足を宙で止めて、虚空を見つめて、呼びかけても反応しない母の姿があった。
救急車を呼び、3度目の入院。
これまでと同じで2〜3週間もすれば帰ってこられると思っていたら、今回は様子が違った。
今まで1週間ほどでとれていた点滴がいつまでも取れない。
薬の調整で少しずつ口から食べられるようになってきたものの、栄養が足りないため点滴をせざるを得ない状態が続く。
細い母の腕に点滴の痣があちらこちら目立ってきていた。
入院してから3週間ほど経った頃、医師から「胃ろう」を勧められる。
「胃ろう」は胃に穴を開けることで、外から直接、栄養や薬を送りこめるようにする、いわゆる「延命措置」だ。
胃に直接流すことにより、点滴と違い血管に負担をかけないため、栄養や薬の成分が摂りやすくなり、点滴や鼻から管を通すより、身体への負担が少ない。
内視鏡を使い、30分ほどで手術できるため、わりと最近は使われている方法ではある。
こう書くと、いいことづくしのようではあるけれど、胃ろうを作る際に合併症を起こす危険もある。
また、将来的にほぼ本人の意識がない状況でも、倫理的な問題で胃ろうに栄養を送るのをやめられないこともある。
点滴を続けるだけでは、今以上の回復は望めない上に、血管に針をさせる場所がなくなってくる。
さりとて、何もしなかった場合は。。。冒頭での医師が宣言した寿命。
ネットで調べた情報では胃ろうを行った結果、半数は良かった、半数は分からない、止めておけばよかったという結果。
もし、母の意識がないような状況であれば、「延命措置」は取らなかったが、少しずつ回復し、こわばっていた指先も動かせるになってきて、再び会話ができるくらいに言葉が発せるようになってきていた。
なにより、まだ72歳の母の寿命がここで終わるのは早すぎるのではないか、可能性があるなら、それにかけても良いのではないか。
父と大阪にいる兄も帰省しての話し合い、母の意思も確認した上で、「胃ろう」をつくる「延命措置」を選択した。
胃ろうをつくったことにより、入所待ちが100人ほどいる特別養護老人ホームにも結果的に入所することができた。
あの決断から約2か月。
母の回復は目覚ましいものがある。
食事も全て口から食べることができるようになった。
おかげで胃ろうの出番は水分補給くらいの状況だ。
病院では立ち上がることが難しかったが、今はベッドから車椅子に乗り移るのに手伝いがいらないくらいになり、ほんの短い距離ならつたい歩きもできる。
ホームの庭に咲いている花の話をしてくれたり、つい先日は近隣のお店で一緒にお茶を楽しむことができた。
いつ薬が切れる時がまた来るかは分からない。
でも、胃ろうをつくることによってできたこの時間は「神様がくれた時間」に思うのだ。
あとどれくらい一緒にいられるかは分からない、どれくらい会話を交わせる時間が残っているかは分からない。
でも、今はこの時間を大切にしたいと思う。
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