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避難所の夜 台風19号床上浸水


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「至急、避難所へ行ってください。」
 
10月12日、夜7時過ぎ。
3人組の消防士が、避難をうながしに来た時、私は、雨漏れの対応に追われていた。
 
ひいじいさんが建てた、築90年の平屋に手を加え、一人暮らしを始めて、ちょうど一年が経っていた。
夕方から吹く風で、瓦がずれたのか、リビングには、屋外かと思うほどの雨水が降り注いでいた。
家中のタオルを寄せ集め、拭いては絞るを繰り返していたが、あまりの雨量に太刀打ちできず、床は水浸しだった。
 
避難指示が出ていることは、知っていた。
携帯電話の緊急速報は、アラームを鳴らしていたし、町内放送も聞こえていた。
TVの台風予報も嫌になる程、見続けていたので、日中から、避難用のリュックの用意をし、長靴の準備もできていた。
 
それでも、なんとなく避難所に行くことをためらっていた。
うちは、大丈夫だろう。根拠のない自信があった。
それに、様子を見る限り、近所の誰も避難をしていない。
 
「堤防まで、もう数十センチもありません。
大至急、向かってください。」
 
消防士の厳しい口調を聞き、初めて、これは大変なことになるかもしれないと気がついた。
 
リュックを背負い、避難所である、近くの小学校まで車を走らせる。
雨は、ますます激しさを増していた。
途中、高速道路の下の、いわゆるアンダーと呼ばれるトンネルをくぐるのだが、そこはもう深さ20cm程度の池となっていた。
 
校庭に車をとめ、体育館の明かりへと向かう。
レインコートを羽織っていたが、あまりの雨で、ズボンは、ぐっしょりと濡れた。
 
受付で、A4サイズの用紙に、住所や氏名を書くと、500mlの水と、クラッカー、大きな毛布を支給された。時計は、7時半を指していた。
 
体育館の中には、すでに、5組ほどの家族が避難をしていた。
皆が到着したばかりなのか、毛布を敷いたり、荷物を解いたりと、ざわざわしていた。
 
受付近くの壁際に、持って来た厚手のレジャーマットを敷いた。
毛布をかけて、腰を下ろす。
することもないので、携帯で台風情報をひたすら検索した。
その間も、ポツポツと、避難にやってくる家族は増えていた。
 
避難所に到着してから、10分おきに、携帯電話の緊急速報が鳴っていた。
それぞれの速報が、毎回異なる川の氾濫を知らせていた。
市内のありとあらゆる川が、あふれ始めていた。
 
その速報の頻繁さと、体育館中の携帯電話が一斉になる異常さで、怖くてたまらなかった。
自宅が浸水しないか、そればかりを考えていた。
 
8時10分。5度目の緊急速報が鳴った。
 
「河川氾濫発生
警戒レベル5 命を守る最善の行動を
発生内容:駐在所付近に災害発生情報発令
理由:右岸から水があふれたため」
 
私の住んでいる地区の情報だ。
玄関から、家の中に、水が流れ込む映像が、さっと頭をよぎる。
水が、来たかもしれない。
 
もう、気が気ではなかった。
無理だとは、わかっていても、家の様子を見に帰りたかった。
 
改めて、速報を確認する。
私の家は、左岸だ。まだ、浸水したとは限らない。
ゆっくりと、大きく深呼吸をした。
 
気がつくと、避難をしている家族は、10組程度まで増えていた。
当初、受付の周りに座っていたのは、私だけだったが、右にも左にも、新しい家族がやって来ていた。
 
大変ですねと言葉を交わし、持って来たアメや、ホッカイロを交換していると、不安が少しまぎれた。
 
あいかわらず、緊急速報は鳴り続け、雨は、どんどん強くなってきていた。
 
10時が近くなった頃、体育館の入り口に、外の様子を見る人だかりができた。
見ると、校庭が冠水し、車のタイヤは半分まで、水に飲み込まれていた。
体育館の前は、川のように水がジャージャーと流れ、校庭の水かさは、目に見えて増えていっていた。
 
慌てて、車を移動しに向かった。
高さ20cmの長靴は、とっぷり、水に沈んだ。
重たい長靴で、50mほど水の中を歩き、車に乗り込む。
スタートボタンを押すと、ゴボゴボと不穏な音がしたものの、エンジンはかかった。
体育館前の少しだけ冠水がマシな位置に、そろそろと車を移動した。
移動はしたが、依然として、タイヤの1/3は水の中だ。
 
こんなに、水が出て、自宅は大丈夫だろうか。
不安がますます大きくなる。
 
間も無く、体育館の外にあった、トイレが冠水した。
男子用も、女子用も使用はもちろん、トイレまでたどり着くことさえできなくなった。
 
体育館の横にある校舎は、3階建だ。
校舎のトイレは使用できないのかと、避難者から声が上がるが、校舎の鍵がないとのことだった。
朝までトイレに行けないかもしれないことは、特に避難所の女性陣を不安にさせた。
 
風が、強くなって来ていた。
体育館の中に、ゴウゴウという風の音が響く。
自宅の屋根が、飛ばないかと心配になる。
早く、家に帰りたかった。
 
徐々に、横になり眠る人たちが増えていた。
私は、濡れたズボンが冷えてきて、眠ることができなかった。
背中と、お腹にホッカイロを貼り、毛布にくるまるが、寒さが取れなかった。
 
眠れないので、自宅のことばかりを考えた。
浸水しているか、いないか、早く状況が知りたくて、いてもたってもいられなかった。
どうせ眠れないのだから、朝まで待つ必要はないと思った。
水が引いたら、自宅に帰ろうと決めた。
 
雨が上がったのは、12時頃だったと思う。風はまだ少し吹いていた。
冠水していた水は、徐々に引き始めた。
 
1時過ぎには、車のタイヤは水に浸かっていない状態になった。
トイレも一部、使えるようになっていた。
 
1時半。風もすっかりおさまっていた。
自宅に帰ると決めた。
 
係の人に告げると、少し驚いた様子だったが、
「危なかったらすぐ戻って来てください」
と送り出してくれた。
 
大きな月が出て、外は夜とは思えないほど明るかった。
 
まだ、水の残る校庭を、車でゆっくりと走り出した。
 
 
 
 
***
 
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2019-11-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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