ホームレス少女の生きる知恵
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記事:かもめ(ライティング・ゼミ日曜コース)
インド旅行中のことである。
列車が小さな田舎の駅に止まると、物売りが列車内に乗り込んできた。
駅弁やチャイを売る人たちが通り過ぎると、今度は、小学校1年生くらいの少女が乗り込んできた。
薄汚れたワンピースに髪は伸び放題でボサボサ、靴は履いておらず裸足である。
少女は、突然、歌を歌い出した。
インドの民謡だろうか。何の歌かわからないが、子どもが歌うような童謡ではない。
とても子どもが歌っているとは思えない、澄み切った美しい歌声、どこまでも届くような伸びのある声量。
お金をくれというのだろう。
歌い終わると少女は、空き缶を手に、順番に乗客を回り始めた。
インド人の乗客は、誰も、お金を支払おうとしない。
確かに、大道芸の押し売りではある。しかし、旅行者の私の心を動かすのに十分なパフォーマンスであった。私は、少女に向かってニッコリ笑い、1ルピー札(当時の日本円で3円)を空き缶に入れた。
「チープ!(たったこれだけなの?)」
少女の反応は予想外のものであった。
てっきり、少女からは感謝の言葉と笑顔がもらえるものと思っていた。
しかし、少女からは、「安過ぎる! もっとくれ!」と言われてしまった。
少女は、私が外国人だからお金を持っていると思ったのだろう。1ルピーという相場よりも大きな喜捨をしたものだから、チャンスとばかりに、さらにお金を取ろうと迫ったのだ。
たった3円と思うかもしれない。しかし、ルピーの下にはパイサという単位があり、インド人がホームレスにお金を喜捨する場合、パイサ単位のチャリ銭を出すのがせいぜいのところである。ちなみに、1ルピー=100パイサだ。
1ルピーでも、上等な金額である。しかも、他のインド人乗客は、誰も彼女にお金をあげなかったのに、である。
私が甘ちゃんだったと認めざるを得ない。
確かに、日本人にとっては、たかが3円である。10倍の10ルピーあげたところで、30円に過ぎない。たいしたことないのだ。
たまたま生まれ育った国の所得水準が高いのをいいことに、傲慢にも、「たった1ルピー」をあげれば少女が喜ぶと思ってしまった自分を恥じた。
私は、感動的な歌を歌ってくれたのだから、1ルピーくらい安いものだ、と自分に言い聞かせながらも、お金をあげたことでかえって後味の悪い思いをすることになってしまったのだ。
もう一つ似たような経験がある。
同じように、インドの田舎町で列車に小学校高学年くらいの少年が乗り込んできた。
身なりは薄汚く、ガリガリに痩せている。
少年は、しきりにお腹をさすりながら、お腹が空いたから恵んでくれというようなポーズを取る。
しばらく無視していたが、なんと列車が走り出しても私の前から離れようとしない。
私は、仕方なく、次の駅まで少年と向かい合わせに座って過ごすことにした。
ちなみに、隣の駅といっても2時間くらいの道中である。
駅に着くと、少年は、私のバックパックを持ちたいと言う。
そうか、荷物を運ぶ代わりに恵んでくれということなのだろう。
私は、近くの食堂まで運んでもらうことにした。
ガリガリの青年が、重いリュックをヨロヨロと運んでいる。
少年の顔は嬉しそうだ。ようやく仕事にありつけたからだろう。
駅の食堂につくと、私は、定番のターリー(インド版カレー定食)を2人分注文した。
せいぜい50円程度のことだ。
私は、少年と向かい合ってターリーを食べながら、片言の英語で、世間話をした。
しかし、少年は、終始、浮かない顔である。
お腹を空かせたガリガリの少年が飯にありつけたというのに、何が不満なのだろう。
私はそのときようやく気がついた。
少年は腹が減っていたわけではないのだ。腹が減っているから飯をくれというのではなく、単純に金をくれと言いたかっただけなのだ。
それなのに、隣の駅までねばって荷物まで運んだのに、結局、現金収入としてはゼロである。1食分の腹は膨れたかもしれないが、家族に持って帰るお金はゼロである。しかも日は暮れかかっている。
ターリーを食べ終えると、少年は、何事もなかったかのように、逆方向の列車に乗り込んでいった。
2人とも、子どもなりに、どうやったらお金を得ることができるのか、必死で考え、彼らなりに働いていたのだ。
そして、それまでの経験から、誰がお金を持っているのかを的確に見抜き、しつこく食らいつく。彼らは1円単位のことに何時間もかけて粘ってくる。だから、たいていの外国人は根負けしてしまう。
それが彼らの生活の知恵なのだ。
インドの子どもたちの行動は、少なくとも当時の私の想像を超えており、文化の違いをまざまざと見せつけられた。
はたして、私が、彼らに喜捨したお金は、安過ぎたのだろうか。
たしかに、彼らから学んだことの価値からすると安かったと、今になって思う。
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