「Tシャツを脱がせてくれんの」と言ってくるおじいちゃん
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:溝口直己(ライティング・ゼミ日曜コース)
「こんなおじいちゃんになりたい」
1年前は、後何年生きれるだろうかと考えたことがあった。
それは誰のせいでもなく、僕が目標を叶えるためだけに生きていた代償であった。
遊びもせず、夢を叶える道のりを楽しむことも忘れ、目標達成のためにひたすらに生きてきた。
夢は全部叶えてきたが、心と体はボロボロになっていた。
全ては自分の責任でそうなったのだ。
昨年結婚し、新しい家族が増える少し前のタイミングで、心臓の病気になった。
倒れこむように会社から帰ってきた僕は、布団の中で思った。
「この生き方を変えたい」
そのことを妻に話すと、妻はこれから子供が生まれてくるにも関わらず、フリーターになろうとしている僕を笑顔で受け入れてくれた。
そしてカメラマンとしてフリーランスになってはや半年。
なんとか生きてこれている。
自分のペースで仕事をして、応援してくれるお客様も次第に増えてきた。
だが、まだなにかと生き急いでしまう自分がいる。
「これから僕はどのように生きていきたいのだろう?」
と改めて考えていた時期に、
私は「マイインターン」という映画に出会った。
妻と死別して、生きがいを失っていた70歳のおじいちゃんが、シニアのインターンとしてアパレル会社で働くという物語。
主人公の名前はベン。
ベンは面接を無事合格し、女社長のジュールズの直上の部下として配属が決まった。
最初はジュールズにけむたがれていたベンだったが、みんなから頼りにされていき、次第にジュールズの信頼も得ていく。
「大切なことはメールやラインではなく、直接会って伝える」
「机の上はいつもきれいにしておく」
「相手がどんな立場の人であろうが、正直にまっすぐ想いを伝える」
など、誰でも出来そうなことだが出来ていないことを、70歳のベンは即実行する行動力を持っていた。
時には、はちゃめちゃなことも仲間を引き連れ成功させる破天荒さもあった。
そんな姿勢はどんな社員よりも若く、生き生きとしていた。
そのまっすぐさが、忙しさに追われて大切なものを失いそうになる社長のジュールズを救うことになる。
「こんなおじいちゃんになりたい」
と将来の自分のおじいちゃん像を浮かばせてくれた。
とても面白い映画なので、ぜひ見てみてください。
現実世界の僕の周りにも、そういったまっすぐの心をもったおじいちゃんやおばあちゃんがたくさんいる。
今年89歳の僕のおじいちゃんもその1人だ。
福岡の八女の田舎町で農家をやっているが、町一番強いおじいちゃんと言われている。
ちなみに2番目に強いと言われているのは、おじいちゃんの弟だ。
おじいちゃんは、未だに米の田植えの時には先頭に立って田んぼに入り、こちらからは見えなくなるほど広い畑を耕していく。
売り物にはしてない自分たちで食べる野菜や果物も、数えきれないほどの種類を作っている。
5年ほど前は知らぬ間に、新たに田んぼを増やしていた。
今年の8月に京都から帰省したときには、
8年後にやっと実が取れるシャインマスカットを苗を植えたそうだ。
89歳のおじいちゃんがだ。
4年後になる桃の木も一緒に植えたと言っていたかな。
「8年後に黄緑色のシャインマスカットの実がなっているところを見るのが楽しみだ」
と嬉しそうに話すおじいちゃん。
その姿は、明日の運動会を今か今かと待っている少年のような顔をしていた。
目を輝かせ、体は前のめりになり、言葉が心に追いついていないような、そんな姿だった。
きっと頭の中には、自分が8年後に実を収穫している絵が見えているのだろう。
その状態は、生まれたての赤ちゃんのような存在感を放っていた。
そこにいるだけで、存在だけで生きていけるような生き物。
自然と誰もが応援したくなるような存在であった。
その姿は20年前に、
「汗がびっしょりでTシャツが脱げないから、脱がしてくれんの?」
と笑って歩いてくるあの頃のおじいちゃんのままだった。
「こんなおじいちゃんになりたい」
とひ孫にもなる自分の子供を初めて連れて帰った僕は、そう思ったことを強く覚えている。
何歳になっても挑戦する心を忘れず生きる。
その想いを素直にまっすぐ人に話す。
そして毎日ワクワクしながらまた1日を始めるのだ。
「夢は何歳になっても楽しむことが一番」
と教えてくれたおじいちゃん。
周りにはたくさんの人と笑顔が集まっていた。
僕も夢を叶えることだけでなく、叶える道のりを楽しもうと思った。
叶えるためだけなら1人でもできる。
だが叶えた時に、周りにはきっと誰もいないだろう。
道のりを楽しむと、ワクワクや人が自然と集まってくることをおじいちゃんから学んだ。
進みたい方向は決まった。
「こんなおじいちゃんになりたい」だった。
おじいちゃんは実家への帰省から京都へ帰る際にも、たくさんの里芋を持たせてくれようとしたが、多すぎて持ち帰れなかったので配送にしてもらった。
「冬にはみかんがたくさんなるけんね」
車に乗り込む前に、またあの少年の笑顔を見せてくれた。
冬の寒い京都に、ダンボールいっぱいに届くみかんと、達筆すぎて読めない手紙が楽しみで仕方ない。
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