メディアグランプリ

お塩と忍者と料理下手の味方

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:廣瀬昌代(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「まずい……これは本当にスープなの?」
お昼にはまだ少し早い時間。私は狭いキッチンで味見をしたスプーンを片手につぶやきました。
 
目の前のお鍋には、口に入れるには半端なサイズのキャベツと玉ネギ、乱切りとはいいがたいニンジン、冷凍のかたちのまま茹で上がった豚肉が入っています。いわゆる野菜スープというやつです。
 
「お塩をもう少しいれたら、美味しくなるかな?」
お肉の生臭さとコンソメのいやなハーモニーを消そうと、手を伸ばして塩の小さなビンを取りました。
 
さっさっと4回ほど塩を鍋にふりいれ、また味見をします。
「しょっぱい!」
 
私は、お料理が大の苦手でした。お料理が得意な方からみると、失敗のしようがないメニューですが、私は野菜を煮るだけのスープですら美味しく作れなかったのです。
 
「もうどうにもならないから、完成」
 
ため息をつきながら、白いお皿に盛ります。
お皿を運ぼうとお盆に乗せると、調理台の前にある窓から薄曇りの空がみえてよりいっそうゆううつな気持ちになりました。
 
「……いただきます」
 
この頃の私は、平日はコンビニ弁当、休日は自分で作ったまずいご飯を食べて暮らしていました。
 
きちんと火の通っていない、少し硬いニンジンを口の中でかみ砕きます。
もういい加減美味しいご飯が食べたい……。
でも、どうしたら美味しくなるのかわからない。
お料理番組をみて真似をしても、美味しいものがつくれないのです。
 
どうしてこんなに料理の才能がないのだろう。
 
またため息をつきます。
手に持っているお皿は食べ終わって空っぽになったはずなのに、ずっしりと重く感じました。
 
それから半年ほどたったある日のことです。
わらにもすがる思いで、料理番組をみていた時に突然転機が訪れました。
 
「お料理は、美味しいお塩でまったく変わります」
有名な料理家の先生のお話では、美味しいお塩や調味料を使うだけで格段に美味しくなるというのです。
 
これなら私のお料理も少しは美味しくなるかもしれない……!
 
期待で胸が膨らみ、私の瞳はキラキラと輝きだしました。
 
次のお休みの日に、さっそく先生が紹介していたお塩を買いに行きました。
さっさと買い物を済ませて自宅に戻り、キッチンで袋からお塩を取り出します。
 
「よし! 作ってみよう」
 
メニューはおなじみの野菜スープです。
 
相変わらず、具材は口に入れるには半端なサイズのキャベツと玉ネギ、乱切りとはいいがたいニンジン、冷凍庫から出した豚肉がお鍋に入っています。
 
さあ、お手並み拝見。
 
お塩をスプーンでお鍋に入れ、火にかけました。
そのあとキッチンタイマーで20分セットします。
 
しばらくするとタイマーがピピピ! と鳴りました。
 
そろそろだ。
 
味見をしようとスプーンを手に取ると、どきどきと心臓が早くなりました。
どうなるのだろう……。
期待と不安で胸が高鳴ります。
 
少しだけフーフーと冷まし、口に運びました。
スープの旨味が口の中にフワッと広がります。
 
……え?!
 
なにこれ!! お塩が変わっただけだよ?!
 
信じられず、すぐさまもうひとくちスプーンですくいました。
 
え? ほんとに? ほんとに?
 
さらに、もうひとくちすくいます。
 
「お料理は、美味しいお塩でまったく変わります」
料理家の先生の言葉が脳内に響き渡りました。
 
あの言葉は、本当だった!
 
興奮して持っていたスプーンをぎゅっと掴んでしまいました。
瞳はキラキラと輝き、頬は喜びと驚きで赤らみます。
 
いつも食べていたまずいスープが、お塩を変えただけで言葉を失うくらい美味しくなっていたのです。
 
野菜のあまみがしっかりでていて、豚肉の旨味も引き出されていて、本当に同じ食材で同じ作り方をしたものとは思えませんでした。
早く食べたくてすぐさま、お鍋からお皿に移します。
 
「具材の形は不格好だけど、シェフのお料理みたい」
 
まさか私にこんなに美味しいものが作れるなんて……!
心の中は喜びでいっぱいです。
 
「いただきます」
 
スプーンで、やっぱりちょっと固いニンジンをすくいます。
 
「美味しい!」
 
まだ固いのに青臭さもなく、きちんと美味しいニンジンになっていました。
次にキャベツを口に運びます。
 
「このキャベツこんなに甘かった?」
 
お塩だけでお野菜の味まで変わるなんて不思議だと思いながら、スプーンが止まらないくらい美味しい野菜スープをあっという間に食べ終えます。
 
食器を片そうとキッチンに行くと、調理台の上にあるお塩が目にとまりました。そして、ふっと思ったのです。
 
「お塩は、かげで活躍する忍者みたい」
 
私の中でお塩はあまり目立たない存在でした。ですが、味方につければ大変心強いお料理下手の味方であると思ったのです。
 
サッサといれるところも、忍者が手裏剣を使うみたいだと思いながら、
「ありがとう、忍者さん」
お塩に向かって、思わずお礼を言ってしまいました。
 
食べ終わったお皿を洗うと、調理台の窓からは太陽がさしこみ、お皿に反射してキラキラと輝いています。
 
 
 
 
***
 
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2019-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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