「誰かに聞いて欲しい」を越えた、その先に
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:一色夏菜子(ライティング・ゼミ日曜コース)
よく利用するキッチンカーがあった。
それは、ランチタイム終了間際の時間に立ち寄った日のことだった。馴染みの店員さんがいた。
「実は僕、今年いっぱいで辞めることになったんですよ」
「おや。新天地に行くんですか?」
「まあそうですね」
「いいですね」
「まあ……いや、実はうつ病で」
「へえ」
「ずっと辞めたいって言ってたんですけどね」
「それなら良かったですね、辞めれることになって」
「まあ、そうですね〜」
明るい口調で話す彼は、うつな表情は微塵も出さず、その日も美味しいランチボックスを私に手渡してくれた。ワンテンポ思考が遅れがちな私は、その場を離れて、ランチボックスを食べながら、思い至った。
「もしかして、お客さんに「うつ病で辞めます」って話すのは、けっこう勇気のいるカミングアウトだったのでは?」
深刻そうな雰囲気を出さず、明るい口調で話していたが、現在進行形で病気にかかっているひとが「私は病気で仕事を辞めます」と言っているんだから、まぁカミングアウトの一種だろう。
顔なじみではあるものの名前も年齢も知らない、飲食店の店員と客という間柄。そんな私に話すのは、気軽といえば気軽だったのかもしれない。でも逆にいえば、私は何の解決策を提供することもできない、話を聞いて、あいずちを打つしかできないただの客だ。
「なぜ、私にそんな話をしたんだろう?」
私は不思議に思った。しばらくあれこれ考えたが、しかし、そこに深遠な理由はないんじゃないかな……と結論づけた。たぶん、私が文章を書くのと同じで、
「誰かに聞いてほしい」
ただ、それだけのことだったんじゃないかな。
「フォロワーが1万人欲しい」や「動員100万人に自分の音楽を聞いて欲しい」のような、大きなレベルの話ではなく、ただひとりふたり、顔を合わせて話せる誰かに聞いてもらって「そうだね」ってうなずいて欲しい。そういうときって、ある。
昔ながらのカトリック教会には、懺悔室というものがある。
懺悔室は小さなのぞき窓があるだけの個室で、窓の向こうには神父が座っているが、神父の姿はよく見えない構造になっている。信者は懺悔室に入って、窓に向かって、誰にもいえない秘密を話す。それで終わり。
神父からありがたい言葉がもらえるわけでも、懺悔したことによってポイントアップして良いことが起こるわけでもない。もしかすると「悪いことをした」と一言つぶやいて終わりかもしれないし、「こうなったのは、あいつが悪い」と他人を罵倒する発言しか出てこないかもしれない。
それでも懺悔という行為が存在する。
ひとりで話して終わりではなく、ただ「聞く」ためだけに神父がそこに座る仕組みになっている「懺悔をするための空間」の存在を知った時、私は不思議なものだなと思った。教会なんて行かずに、誰もいない部屋でひとりで呟いた方が安全じゃないか。
しかし、現代では誰の目にも触れないブログで、フォロワーがいないTwitterアカウントで「懺悔」をしている人がたくさんいる。
今日こんなことがあった。自分はこう思った。悲しかった。嬉しかった。つらかった。こうすればよかったんじゃないか。何故これができないのか。答えを求めていない、ただの言葉たち。
自分の手帳に書いたり、心の中に秘めておいても良い言葉を、あえて誰かの目に触れるかもしれない公共の空間に発信人がたくさんいる。発信された言葉の多くは誰にも受け取られず、インターネットの海を浮遊している。
そういう様子を見ると、人間というのは「言葉にしたい」、しかも自分一人で抱えるのではなく「できれば自分の言葉を誰かに聞いて欲しい」生き物なのだな……ということがよくわかる。
「できれば誰かに」ではなく、「目の前にいるあなたに」聞いてもらうためには、工夫がいる。キッチンカーの彼の明るさは、そんな心配りの表れだったのだろう。うまくできていたかはさておき。
「目の前にいるあなた」を越えて、「できるだけ多くの人に」受け取ってもらうための言葉を作り出すには、もう少しコツがいる。話を最後まで聞いてもらう・文章を最後まで読んでもらうためには、そのコツを習得する必要がある。
ライティングセミナーを受講している私たちは、日々、誰かに読んでもらうための文章を練習して、それを痛感している。そういうスキルを手に入れるのは意味があることだと感じて、努力している。
「目の前にいるあなたに」聞いてもらうための言葉を、ふとしたきっかけで受け取った私は、戸惑った。そんな自分の心の揺らぎを見ながら、何らかの形でそれを自分の糧にして、さらに、できれば多くの人に受け取ってもらうための言葉に昇華できないかと考えた。
「誰かに読んでほしい」
ただそれだけの思いを成就させるために、多くの人がもがいている。それは一人では成し遂げられないことだから。私も、もがいている。この文章は、そんな努力の跡のひとつ。
でも、今これを読んでくれているあなたがいる時点で、私の努力は報われている。
読んでくれて、ありがとう。
次は、あなたの文章を読ませてください。
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