メディアグランプリ

ヤバい本


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岩井聡史(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
その本を読み始めて3分の1が過ぎたくらいだったと思う。
 
「あっ、この本はヤバい本だ」
 
僕はそこで気づいた。でももう遅い。
続きが気になって仕方ない。さっきから何度「次の章までいったら読むのをやめよう」と思ったことか。これでは家に持ち帰った仕事が手につかない。読んでいると、普段している自炊や洗濯すら時間の無駄のように思えてくる。
 
NetflixやAmazon Prime、それにYouTubeで面白いシリーズを見つけてしまったときの感覚に似ている。
要は、僕はその本の中毒になってしまったのだ。
とにかく全部見終えるか明日起きれなくなるくらい時間が遅くならないと止まらない。
 
その本は時代小説だった。
時代小説が特に好きでもない僕だったが、毎年100冊以上読む英語教師のおばのオススメだから読んでみた。国語教師ならまだしも、なぜ英語教師がそこまで読むのか。本人曰く「自国の言語ができていないと、外国語はもっとできない」だそう。
 
そんなおばが薦めてきた本はなんと主人公が、徳川の将軍に囲碁を教える渋川春海という人物だ。その主人公が幕府の命令を受けて暦、つまりカレンダーを作る物語だ。
ただでさえ時代小説が別に好きでもない僕に、マイナーな人物の本を薦めてきたな、と読むとき身構えたものだった。
 
ところが、だ。
面白い。読む手が止まらないとはまさにこのことだ。
僕が時代小説を好んで読まないのは、文章がどこかかしこまっていたり、難しかったりするからだ。
その本はそんなことが一切ないどころか、むしろ読み易い。
渋川春海は卓越した剣技をもつような武士でも、誰もが知る武将でもない。
なんなら、その本で描かれている渋川春海は好きなものをひたむきに追及する、素直な人だ。
本を読んでいると、数々の困難を乗り越えている春海を横でみている気になり、そして一緒に成長している気持ちにもなる。
 
これは時代小説であって時代小説ではない。
伝記に近い作品だと僕は思う。
まるでスティーブ・ジョブズや孫正義みたいな壮絶な人生を描いた伝記を読んでいるような感覚になる。
それもあって時代小説に壁を感じていた自分でもスラスラ読めるわけだ。
 
僕は読み終えるまでの3日間、仕事以外のほとんどの時間をその本と過ごした。
通勤時間はもちろん、食事も、お風呂もトイレも一緒だった。
僕は寝る時間を削ったり、朝早く起きることで何とか本を読むための時間をつくりだした。
「ヤバい。あと数分で出ないと、電車に乗り遅れる」
「ヤバい。もう寝ないと、明日起きられない」
ヤバいを連呼する僕にとって、その本は「ヤバいくらい」虜になる本だった。
 
寝る間も惜しんだ3日間が過ぎた。
読んだ後は壮大な映画を観たような気分でもあり、壮絶な人生を送った偉人の話を聞いた気分でもあった。
 
暦、カレンダーを作る、なんて想像もしたことがなかった。
僕にとって、カレンダーはカレンダーだ。あって当たり前、誰かが作るものではなかった。しかし作った人がいたのだ。数学や天文学という学問を極めて、日本全国を歩き、日本各地で星を観察し続けた渋川春海という人が。
春海は当時800年ぶりにカレンダーを作り替えた人物だ。つまり、800年の歴史を覆した人物ともいえよう。
僕はそんなすごい人物と3日間を過ごし、ともに成長したのだ。少なくとも僕の実感では。
歴史の偉人の人生を知り、そして共にその時代を体験することができる。
時代小説の醍醐味を知ってしまった僕がいた。
 
僕はこれほど時間を忘れた3日間は、これまでに記憶がない。
仕事が終わるとき、これほどドキドキしたことも始めてだ。
仕事を早く終わらせようと、これほど仕事に集中したことも初めてだ。
僕は手のひらを返したように、時代小説が好きになっていた。
 
改めて、ヤバい本だと思う。
本以外のすべての時間が煩わしいと感じさせるほどの、魅力に満ちた本。
おばに返した後、僕はすぐに本屋に買いに走った。今でも本棚の一番上に飾ってある。
たまに読み返してみると、そこからまた半強制的に、止まらない読書が始まるのであった。
 
冲方丁『天地明察』。
後になって知ったが、本屋大賞をはじめ色々な賞を受賞しているらしい。
読んだ後に知ると、何も驚きではなかったが。
 
この本は忙しい方、まとまった時間が確保できない方にはおすすめできない。
きっと、本を読めない時間がもどかしくてたまらなくなるだろうから。
 
そして僕は今日も時代小説を読んでいる。
 
 
 
 
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2019-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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