空へ帰って一年目の花束
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:奈良梓(ライティング・ゼミ特講)
祖母の四十九日が終わって、実家から帰宅した日の夜でした。
ソファーに座ってテレビを見ていた夫が、突然言いました。
「うちもそろそろ1周忌やな」
一年前の初夏、私たちの赤ちゃんは空へ帰ってしまったのです。
赤ちゃんの成長を楽しみに行った妊婦検診で、突然、命が途絶えてしまっていることを知らされました。
医師の言葉は信じたくなかったけれど、1週間後、自宅でまるで陣痛のような痛みに押されて小さな塊は出てきてしまいました。
夫は「土に帰してあげよう」と言い、小さな塊を庭に埋めました。そして、そこに小さな石を置きました。
それから、私は泣いてばかりでした。
夫の言葉を聞いて、あの時のまま、もう1年が過ぎてしまったのか……と驚きました。
普段、流産のことは何も話さない夫だけど、夫もいかに大切に想っていたかを知って胸がぎゅっとなりました。
「花くらい買おうか」
夫の提案で、次の日曜日、私たちは近所の花屋さんに行きました。
お店に入ると、かわいらしい店員さんが
「お誕生日ですか?」と
たぶん、いつもの感じで私たちに声をかけてきました。
私は、
「ちょっと違うんです」
とだけ何とか答えて、店員さんに涙を気づかれないようにお店の奥の方へ移動しました。
きっと、花束を贈る理由は誕生日が多いのですね。
さわやかな笑顔の店員さんに何も罪はないことはわかっていました。
でも、誕生させてあげられなかった命を想いながら花屋さんを訪れた私には、その言葉はとてもつらかったのです。
「どれがいい?」と夫に聞かれても、私は何も見ることはできませんでした。
夫はピンクの花束に小さなぬいぐるみが付いたものを選んで、あの店員さんに渡して包んでもらっていました。
車に戻って花束を膝に置くと、ただとめどなく涙が流れました。
産んであげられなくてごめんね、と心の中でずっと繰り返してしまっていました。
家に着くと、夫は「庭で一緒に写真を撮ろう」と言いました。
空は雲一つない晴天でした。
こんな泣き顔で写真なんていやだなぁと思ったけれど、夫はもう小さな石の横に花束を置いています。
仕方なくその横に並んでふと見ると、花束の包み紙には『Thank you for your smile』と書いてありました。
笑顔にならなきゃ。
目に涙は残っているけれど、なんとか頬を緩めてみました。
そうしたら、悲しみを握りしめていた心も少し緩んだのでしょうか。
「お誕生日なのかも……」
と、ふと思ったのです。
そう思えたら、すっと楽になって、晴天が晴天らしくなったのを感じました。
「こどもをなくした悲しみが癒えることはない。
新しい現実でいかに生きるかという学びがあるだけだ。
愛情はまだ存在しており、絶えることはない。
私の悲しみも同じだ」
ある方が紹介していた、子供を亡くした外国人記者の言葉です。
悲しみは癒えることがなくていいんだ、と思うと安心しました。
癒したくても癒すことなどできない、ともうわかっているのです。
癒そうとする努力をしなくていい、と楽になれました。
でも癒えることのない悲しみを抱えたまま、新しい現実を生きていくのはつらいことです。
この1年間、楽しいことや嬉しいことがあっても、心にはいつも穴があいているようでした。
短い間でも私たちのところに来てくれたことに感謝しなきゃ、と頭ではわかっていたのです。
でも、失った悲しみの方がはるかに大きく心をいっぱいにしていて、どうしようもありませんでした。
ところが、『お誕生日』というたったひとつの言葉。
その言葉は、小さい命が終わってしまった悲しみよりも、大切な命が生まれていたことへの貴さを私の中で大きくしてくれていました。
新しい現実をまた生きていくための光のようでした。
「私たちのところに来てくれてありがとう」
その後には、「でも産んであげられなかった」をどうしても続けてしまうのです。
でも『お誕生日』は、「おめでとう」が自然に続くのです。感謝とともに。
『お誕生日』
私はあげることができなかったと思っていた言葉。
私が逃げてしまった言葉。
でも、その言葉が自分の喜びとして受け取れたことに驚きました。
それは、あの店員さんがあまりにも当たり前のように伝えてくれたからかもしれません。
お誕生日はみんなに必ずあるから。
来年もまた、花束を買いに行こうと思います。
そして、あの店員さんに、「お誕生日ですか?」と聞いてほしいなあ。
そうしたら、今度は「そうなんです」と笑顔でこたえられるから。
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