行きたいところに行くための手段は
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記事:成広汐里(ライティングゼミ平日コース)
「なんで勉強しないといけないの?」
塾講師のアルバイトをしていたとき、たまに聞かれた。
そんなとき私はいつも母の言葉を思い出す。
「医者になりたい」と母に告げたとき、母は私にこう言った。
「選択肢を増やすために、勉強はしておきなさい」
その時は医学部に行くための勉強だと思っていた。
医学部はどこも偏差値が高い。
だから勉強しないと希望の大学に行けない。
行きたいところに行けない。
だから、勉強しないと行けないと。
高2の夏、担任の先生から「志望学部を変えたらどうか」と言われた。
理系を選び、生物と化学、地理を選択し、数Ⅲを学んだ。
成績は伸び悩んでいた。
暗記だけの生物や地理はまだよかった。
数学は元々苦手で、理論化学は式の意味が分からず、公式が使えなかった。
テストの点数が伸びなくなった。
模試も、結果を見るたび悲しくなった。
「志望を変えたらどうか」は「医学部は諦めた方がいいんじゃないのか」と同義。
それで私は揺らいでしまった。
今思えば、ならない方が良かったと思う。
もし、本当に医者になりたければ誰に何を言われても自分の意志を貫くだろう。
でも私にその覚悟はなかった。
だから、その先生の言う通りだった。
周りが志望学部を決めていた中、私は改めて自分と向き合っていた。
何がしたいのか、何に興味があるのか、学問分野をまとめたベネッセの冊子を眺めながら考えていた。
たまたま開いたページに「総合科学」という文字が見えた。
総合科学、あるいは人間科学。
人間を科学的に研究する学問。
「人間を科学する……これかも。これなら理系からも受験できる」
こうして私は志望を変えた。高2の秋頃のことだ。
それから1年後、高3の夏。
本格的に人間に興味が湧いた。
人間を1番研究できるのは、心理学。
「心理学、ほとんどが文学部心理学科じゃん。っていうことはセンター試験で社会がもう1科目いるな」
悩んだ期間はそれほど長くなかった。
「文転しよう。文学部なら数Ⅲは使わないし、理科も基礎科目だけでいい。得意な国語も使える」
今思うと無茶な話だ。
でもその時の私にはそれしかなかった。
担任の先生には止められた。
でも最終的にこう言われた。
「成広さん、国語科の先生から『国語得意だから大丈夫ですよ』って言われたよ。頑張って」
社会科の先生に相談しに行った。
「今から倫理政経をするのは大変だと思うけど、頑張れ。分からないところがあったら聞きにおいで」
それから半年もない期間で倫理政経をセンターレベルまで勉強した。
独学で、教科書は学校や他の高校の子から借りたりもした。
先生にも聞きに行った。図書室の教材も使った。
参考書は1番ぼろぼろになったと思う。
高2からの理系科目のおよそ1年半の勉強はほとんど無駄になる。
秋以降の理系科目の授業も受験では役に立たない。
それは週の授業の半分以上が受験に使わない科目になるということだ。
それでも私は自分の行きたい場所に行きたかった。
心理学を勉強できる場所。
好きなことができる場所。
それが私にとっては大学だった。
勉強は、交通手段。
行きたい場所に行く、そのための手段だ。
その選択肢は多い方がいい。
歩くことしか知らないよりは、自転車や車、電車などたくさんの選択肢から選べる方がいい。
文転してでも行ける場所は多い方がいい。
そう思い必死で勉強した。
大学は1つしか合格しなかった。
でもその大学は第1志望の、まさに私の「行きたい場所」だった。
母から言われた言葉。
「選択肢を増やすために、勉強はしておきなさい」
もし、志望学部を変えてもどこにでも行けるように。
行きたい場所へ行けるように。
そのために勉強しておきなさい。
母はそこまで考えていなかったかもしれない。
でも、もし私が文転することまで予想していたら。
敵わないなあと思う。
心理学部に入学し、半年経った頃に気がついた。
「誰だ、これ文系学部って言ったの」
文系の学問じゃない。
どちらかと言えば理系の学問だ。
結構統計学を使うし、神経系や脳のしくみも学ぶ。
国家資格試験の受験資格を得るためには、人体のしくみや疾病の科目も必修だ。
私が高校で学んだ生物の知識も、数学も、無駄にならなかった。
しかも自分が勉強したいと思ったことを勉強できる。
理系を選んだことを後悔したときもあった。
でも、今は違う。
どっちも勉強してよかった。
あのときの勉強は絶対無駄じゃないと、胸を張って言える。
最初の質問への答えはずっとこれだ。
「行きたいところに行くため」。
だって私がそうだから。
母の言葉が私に道を示してくれたから。
「私はやりたいことをやるために行きたいところがあって、そのためには勉強しないと行けなかったの。その勉強が全部役に立ってるかって言われたら微妙だけど、でも無駄じゃなかったと思う。それに無駄になるかどうかはこれから君がどこに行くかで変わると思うよ」
大学に進学して、やりたいことをしている。
それが出来るのは受験期のあの日々があったから。
そしてこれからも。
行きたいところに行くために勉強する。
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