メディアグランプリ

僕のジーンズ育ては尾木ママに支えられている。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:浦部光俊(ライティングゼミ・ゼミ平日コース)

「またやってしまった」 何度目の挫折だろうか。僕はまたジーンズ育てに失敗した。ジーンズ育てとは、色落ちしていないジーンズを、時間をかけて履きこんで、自分独自の色落ちをさせていくことだ。

「もういい。やめにしよう。カッコよく色落ちしたジーンズなんて買えばいいんだ」

どうせやったってできっこない、いじける僕は、ささいな失敗で挑戦することを諦めたナイーブな少年のようだ。

今まで失敗したジーンズの数は、10を超える。「ジーンズが悪いわけじゃない。僕の育て方が悪いんだ」 洗い過ぎてしまったもの、放置されたもの、怠惰な生活習慣で、ウェストがあわなくなってしまったものもある。そう、僕はジーンズ育てに必要な全て、辛抱強く見守ること、ほったらかしにしないこと、そして、自己管理、なにも持っていない。子育て失格だ。

僕は失意に沈んでいた。

そんな僕が、ジーンズ「リゾルト」 に出会ったのは、全くの偶然だった。ふと手にしたタウン誌に載っていたジーンズを履いた初老の男性に文字通り、惹きつけられた。むさぼるように読み始める。「リゾルト」 は、国産デニム業界で20年以上デザイナーをつとめた林芳亨(はやしよしゆき) さんが立ち上げたブランド。林さんは言う。

「たかがジーンズや。どんどん履いて、どんどん洗って、そしたら、自然とええ感じになるんや」

衝撃だった。これまでの自分をすべて否定されたようだった。たかがジーンズ?自然とええ感じになっていく? そんなことでいいのか…… でも、そんなことできるのか……

ジーンズの生来の力を信頼できていなかった自分を痛感した。自分色になっていこうとしているジーンズ、それを邪魔していたのは僕だ。あれやこれや、手を出し口を出し、言うことを聞かないと癇癪をおこしている、僕はそんな親。決してそんな親にはならない、自分は違うと思っていたはずなのに……

もう一度、ジーンズ育ちに挑戦してみたい、でも、果たして自分にそんな資格があるだろうか。今度こそという気持ちと、もう僕のエゴの犠牲になるジーンズは見たくない、そんな気持ちの間で僕は揺れ動いていた。

ただ、どうしても忘れない。僕の脳裏に焼き付いたジーンズ「リゾルト」 そして、「自然とええ感じになっていく」 という林デザイナーの言葉。「ジーンズの力を信じればいんいんだよ」 そっと背中を押されている気がした。

リゾルトは英語で書くと「Resolute」 「決然としている」 「固い決意をもって」という意味だ。この言葉のブランドに出会ったのも何かの縁。「もう一度だけやってみよう」 そう誓った僕はジーンズショップに向かった。

「本当に僕にできるのだろうか……」

古き良きアメリカの雰囲気漂う店の前に立つと、固く誓ったばかりの決意が、早くもぐらつき始める。弱気の虫を噛み殺して、思い切ってドアを開けると、体格のいい30代半ばの男性が一人。ほかに人の姿はない。

「いらっしゃいませ」 落ち着いた低い声。圧迫感はない。優しく微笑みかける姿は、森の中に一人で住む木こりを思い出させた。

男性の優しい笑顔に勇気をもらった僕は思い切って聞いてみた。

「あの~、リゾルトってあります?」 「ありますよ。履いてみます?」 「あっ、はい!」 僕の躊躇などお構いなしに話はどんどんと進む。試しばきするだけなら、バチは当たらないはずだ。

店の奥にある試着室に案内され、リゾルトを手渡される。想像していたよりも少し軽いか。少し毛羽だった濃紺の生地は、雑誌で読んだ通り、まるで生まれたばかりの赤ん坊のようだ。慎重な手つきで、ジーンズを広げ、一瞬ためらったが、思い切って履いてみる。

「……」 言葉がなかった。その繊細な見た目、手触りとは裏腹に、しっかりとした履き心地。でも、同時にしなやかさもある。生きる力のようなものなのだろうか。「どうですか?」 木こりの店長があの優しい笑顔で話しかけてくる。きっと、気に入る、そう思ってましたよ、と言わんばかりだ。

「最高です。思ってたのと全然違って。でも、思っていた通りで」 なんだか意味不明のコメントになってしまい、ちょっと照れながら、僕はリゾルトを買うことを決意した。

裾上げ作業の間は、ジーンズ愛溢れる木こり店長のうんちくを聞くことになった。

「このミシン、見たことないでしょ。昔アメリカで使っていたジーンズ裾上げ専用のミシンなんですよ。60万円もしたのに、裾上げ代金はいただかないから、儲からないんですけどね」 困った、困ったといいながらも、なんだか嬉しそうだ。

「見てください。裾上げ用の糸。綿なんですよ。最近はポリエステルが多いんだけど。綿糸はいい感じで縮んでくれるんですよ。」 綿糸による縮みが、ジーンズの裾に独特の動きを与え、オリジナリティーあふれる色落ちにつながっていくということらしい。

10分ほどで裾上げ作業は終了、代金の支払いを済ませ、店を出ようとする僕に店長が、またあの優しいで笑顔で語りかけた。

「長い目で、辛抱強く育ててくださいね」

「……」 なんだろう、この、かつて聞いたことのあるような言葉は。

そう、それは、以前見たテレビ番組のエンディングシーン。確か、尾木ママ(教育評論家 尾木直樹さん)が子育てに悩む親御さんたちの相談に乗るという番組だ。子育てにまつわる不安、愚痴、悩みなどを聞いた後、番組の最後に、尾木ママが親御さんみんなに向かって発した言葉、それは

「みなさん、お子さんのこと、本当に真剣に考えてらっしゃるんですね。だから不安だったり、愚痴ったり、悩んだりするんですよね。でも、安心しました。みなさんが、それほどお子さんのことを愛していることがわかりましたから。お子さんを信じてあげてください」

そうだ、僕もジーンズを信じてみよう。不安になっても、悩んでもいい。それは、僕がジーンズを愛している証拠だ。そして、林デザイナーや、木こり店長は、ジーンズ育ての尾木ママ、僕はいつでも力をわけてもらえる。 「はい!」  そこには、すがすがしい気持ちで、店長に答えた僕がいた。
 
 
 
 
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2019-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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