おしゃれな街を真っ赤に染めてすみません
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:綾乃(ライティング・ゼミ平日コース)
「おお、これは想像以上におしゃれだ!」
その街に降り立った時、口から自然と感嘆の声が出ました。
東京でも有数のハイセンスな街として名高い二子玉川。そこに住むおしゃれな女性たちはいつの頃からか「ニコタマ・マダム」と呼ばれ、首都圏の主婦たちの羨望を集めています。
さらに、2011年に商業施設「二子玉川ライズ」が街びらきをしてからは、ますます高感度なエリアとして人気を不動のものにしています。
その、二子玉川ライズに私は足を踏み入れました。
ついに、おしゃれなマダムの仲間入りを果たした……というわけではありません。
大好きな広島カープのイベントが行われるというので、電車を乗り継ぎ、のこのこと出掛けて行ったのです。
街はどこもかしこもおしゃれです。
駅を出ると、高い建物の間を貫く巨大な通路が現れます。大通りはガラスの天井で覆われていて、
ヨーロッパのガレリアを思わせるつくりです。
映画「ひまわり」のソフィア・ローレンになってマストロヤンニを待ちたい気分です(ちょっと古いし、しかもふたりが別れるシーンですが)。
エスカレーターをのぼると見えてくるTSUTAYAも、木とガラスを基調とした外観で、いつもとは違うすました顔をしています。
道行く人びとは男性も女性もセンスがよく、雑誌のようです。連れている犬までも凛としています。
すべてがファッショナブルで、広々としていて、街全体から余裕が感じられます。
この人たちは、朝、遅刻しそうだからといって、駅まで走ったりしないのだろうな。
夜、お弁当が半額になるのを待って、スーパーの中を無駄にうろうろしたりしないのだろうな。
そんな仕様もないことを考えながら先に進むと、開けた場所に出ます。中央広場と呼ばれる場所で、街の心臓部にあたるところです。
中心的なその場所に、街の雰囲気とは何とも不釣り合いな一群が見えます。
赤いユニフォームや帽子を身に着け、何かを待つ人たち。
そうです。この広場で行われる、広島カープの元選手によるトークショーを待つファンの人たちが
行列を作っているのです。
もちろん私も遅れをとるわけにはいきません。すぐさま最後尾につきます。
その後も、人は続々と加わり、列はどんどん長くなります。
待つこと1時間強。開場となり人びとが座席に群がります。開門と同時に球場の自由席を争う光景とどことなく似ています。
席にありつけたのは並んでいた人たちの半数にも満たないでしょうか。他の人たちは立ち見です。その人たちの輪がすぐさま何重にもできあがります。広場があっという間に真っ赤に染まります。
トークショーの開始を待つ人びとは、誰もがにこやかです。
はて、この笑顔をどこかで見たような気がします。そう考えてすぐにわかりました。
試合が始まる前の、観客の顔そのものです。
球場に来られた喜び。選手たちを目の前で見られる興奮。そして彼らの活躍と勝利への期待。
それらの気持ちが合わさった、純真な笑顔なのです。
ただ、そんな和やかな雰囲気とは裏腹に、会場のそばを歩く街の人たちは、何事かと言わんばかりの顔をして通り過ぎます。
隣接するホテルの宿泊客らしき外国人が、テラスから赤い軍団を不思議な表情で眺めています。
真っ赤な広場。それは街の品位を落とすのではないかと心配になるほど、熱を帯びていました。
時間になり、元選手が登場すると、会場のボルテージが一気に上がります。拍手、歓声、向けられるカメラ。まるで試合のオープニングです!
こうなると、もうまわりのことに注意を払っている暇はありません。無心に楽しむだけです。
ファンたちはトークに合わせて笑ったり、頷いたり、のけぞったりと、終始いい反応を見せます。
時にはお笑いのライブのように、時にはアイドルのコンサートのように、会場は盛りあがり、テンポよく、時が流れてゆきます。
イベントの終盤で行うサイングッズが当たる勝ち残りじゃんけん大会では、誰もが必死です。
チャンスは2回。私も必死にげんこつやらパーやらを空高く突きあげますが、結果は2戦2敗。しかもいずれも初回で敗退です。相変わらずの運の無さが露呈します。
最後には、元選手の応援歌を全員で大合唱し、会場を揺らします。
椅子に座っていた人たちは、自然とスクワット応援を始めます。かっとばせの掛け声では誰もがメガホンを握ったつもりで両手をのばします。一糸乱れぬいつもの応援風景です。
試合さながらの光景を元選手も照れながら、嬉しそうに見ていました。
球場が、いえ、会場がひとつになった瞬間でした。
トークショーが終わり、誰もが満足げな顔をして、席を立ちます。人びとは赤いユニフォーム姿のまま、街の中に流れてゆきます。
明らかに二子玉川の中では浮いています。
本当に街のステータスは大丈夫なのかと考えてしまいます。
けれども、このイベントも今年で4年目になるそうです。どうやら毎年、大盛況らしく、来年も予定されているとのことです。
おしゃれな人たちも、突如現れた赤い集団を、案外、祭りとして楽しんでいるのかもしれません。
ともあれ、来年こそは、じゃんけんの読みに磨きをかけて、サイングッズを手にしたいものです。
そうして、勝ちゲームのような余韻と、優勝祈願にも似た来年への期待を胸に、私は家路についたのでした。
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