メディアグランプリ

35年ぶりの父親との再会


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:飯野 曜充(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
父親の記憶はない。
スナックで働いて滅多に帰らない母親と、祖父母に育てられた。
別にそれ自体に不満は持っていない。
 
しかし、
「自分は捨てられた」
そう思うと憎しみが湧いて仕方がなかった。
憎んで憎んで知恵熱も出た。
 
そんな境遇で育ったこともあり、大人の男性が信頼できず
苦手なときもあった。そんな私も結婚をして父親になり、
そして自分を育てた母親はおばあちゃんと呼ばれる年齢になった。
 
人はいつか死ぬ。
母親同様に父親も年を重ねているのだから、ひょっとしたら
数年のうちに会う機会は永久に失われてしまうかもしれない。
 
初対面が葬式か……それは嫌だな。
それに、子供たちに自分の父親について答えられないのは、残念な感じがする。
そして私は、父親のことを生涯知ることなく終えるのだろうか。
こんな問答が頭の中に浮かんできては、どんどん強くなっていった。
 
「父親に会いたいんだけど」
その一言を母親に伝えるまでに数年かかってしまった。
何故かと言えば、伝えたら伝えたで壮絶な親子喧嘩になるからだ。
 
「いつからそんな薄情な人間になったんだい! 人としておかしいよ!」
「育て方が良かったんだろうね、おかげさまで」
案の定口論になり父親どころか、母親とすら気まずくなってしまった。
 
「これは、駄目かもな……」
そんな諦めにも似た感情に浸っていたが、母親は向こうの
実家に電話をかけて、わざわざ連絡先を調べてくれたようだった。
その苦労は、想像するだけでバツが悪く、気後れするものだろうに。
 
ようやく手に入れた連絡先。
しかし、全く電話をかけようという気になれなかったことを覚えている。
「どの面を下げて、今更会えばいい?」
そう思いながらも勇気を振り絞り電話をしたが、最初はタイミングが
合わなかった。それからしばらくすると、スマホが振動で震えた。
 
「曜充か?」
「はい、そうです…。〇〇さんですか?」
お互いに「父さん」というワードは避けていたのかもしれない。
パニック状態の中、直接会うための日時と場所を決めて電話を切った。
 
何とか最初の関門は突破した。ホッとすると同時に不安が押し寄せてくる。
もし彼の生活が困窮しており、金銭面の援助なんかを頼まれたらどうしよう?
そんなことを思いながらも、どんどん時間は過ぎ、そして当日を迎えた。
 
場所は父親の希望で横浜の中華街で食事をすることになり、
孫とも会えた方がよいだろうということで、家族全員を連れていくことになった。
 
近くにある観光地の山下公園で待ち合わせる。
電話でやり取りをしながら合流した時の印象は、正直に言えば想像とかなり違った。
50代半ばのおっさんが、そこそこに存在感のあるリングピアスをし、
青いスカジャンを着ている。ふた昔前ぐらいのバイク乗りといった風貌だ。
 
キャラクターは別に社交的というわけでもないらしい。
妻に対しては明らかに人見知りを発動している。自分の内向的な
性格はこいつから受け継がれたのだなと、その時に親子であることを
実感できたぐらいのものだった。
 
場所を移し、個室の中華料理屋でお互いにビールなんぞを飲みながら話す。
血がつながっているとはいえ、ほぼ初対面に近い。
当たり障りのない会話から始めざるを得ない。孫パワーで
グイグイとやりながら、少しずつ打ち解けていった。
なんとも言えない顔で孫の頭をなでる父親の顔は記憶に残っている。
 
妻は子供がいると話したいことも話せないでしょうということで、
二人で飲みに行ってくれば? と送り出してくれた。
 
横浜の居酒屋に移動して飲む。
お互いの生活やこれまでのことを話し合えたと思う。
そして、その流れのまま子供のころから気になっていた質問をぶつけた。
 
「どうして、離婚することになったんですか?」
父親からすれば、別に話したいことでもなんでもないだろう。
でもこれを聞かなければ、後日後悔することは明らかだ。
 
父親は自分が3歳の時に家を出ていったらしい。
その原因については知らされていないが、浮気かなんかをして
自分たちを捨てたことに自分の記憶の中ではなっている。
その結果聞かされたのは予想もしないことだった。
 
うちの家庭は、下町の職人一家であり、母親は結婚した後も
実家の手伝いをさせられ続けた。今のこのご時世では想像も
つかないが、長屋のようなところで集まって住んでいて、
プライバシーもあまりなかったようである。
そんな生活に反発した父親と祖母の関係が悪くなり、離婚。
 
裁判では、父親が暴力を振るっていたということから親権も
母親の方にとられたそうだが、父親はそんなことは決して
やっていないと言っている。
真相を知る祖母はもういない。真実を知る機会はもうないが、
夫婦関係というより、夫と姑問題のようだった。
 
それを聞いた瞬間に、今までの父親への憎しみが不正確な情報と偏見の
上に構築されたものだったのか理解できた。長年の憎しみがビールで
溶けたような気がした。良い酒だった。
 
離婚した親に会う。これはとてもデリケートな問題だ。
ハッピーエンドもバッドエンドも両方起こりうる。
もし悩んでいるのであれば、人生後悔しないかを自分に問うてみて欲しい。
それが出来る時間には、限りがあるのだから。
 
 
 
 
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2019-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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