日本人ですと答える時
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記事:深谷百合子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「お客さん、どこの出身なの?」
中国でタクシーに乗ると、決まってこんな質問がくる。
タクシーに乗り込んだ時、私が話す中国語にその土地独特の訛りが無いからだ。
中国では、「十里離れると言葉の訛りが変わる」と言われる位、地域差があるらしい。私が今住んでいる四川省では、「四川語」という方言が話されているのだが、本気の四川語を話されると、中国人同士でさえ通じていない位だ。
外国人が中国語を習う時は、「普通話」と呼ばれる標準語を習うので、私が話す中国語は標準語だ。しかし、発音が怪しいので、「標準っぽいけど、何か訛りがあるな」という感じに受け取られるらしい。だから、「どこの出身なの?」と聞いてくるのだ。
そして、「日本人です」と答える時、私はいつも少し緊張する。
「何だと? 日本人だって?」と思われるのではないかと、内心ヒヤヒヤするのだ。
7年ほど前の反日デモの様子はテレビで見て知っていたし、中国ではテレビをつけると、どこかのチャンネルで必ず抗日ドラマをやっていたりしたから、そういう反日感情を露わにされたらどうしよう? と心配してしまうのだ。
しかし、そんな心配は一瞬で吹き飛ぶ。
「え、日本人なの? 中国語分かるんだ」と人なつこい笑顔で話しかけてくる。
「はい、少しだけです。でも発音が悪いから、通じにくくてごめんなさい」と答えると、「いやいや、こっちの訛りじゃないから、どこの人かと思ったんだよ」と陽気に返してくる。
そして、そこから質問攻めだ。いつからこっちに居るの? こっちの生活には慣れたか? 仕事で来ているの? それとも留学? 家族は一緒なの? 等々、タクシーに乗っている間中、ほぼしゃべりっぱなしだ。
さらに、日本は空気がきれいだし、品物は品質がいいし、日本人は礼儀正しいし……等と褒めてくれる運転手も多い。褒められすぎて恐縮してしまう位だ。
これは私の住んでいる地域だけに限ったことではない。中国の他の地域に住んでいる日本人の話を聞いても、大体似たような好意的な反応なのだそうだ。私にとっては、それは意外なことだった。
私は仕事で中国に来るまでは、中国のことはほとんど知らなかった。時折テレビで流れるニュースを見るくらいだ。しかもそのニュースは、大気汚染の話とか、食品の安全性の問題等、あまり良くないニュースが多い。従って、中国に対してあまり良い印象は持っていなかった。
しかし、実際に現地に来てみてまず感じたことは、中国の人達は大らかで優しい人が多いということだ。例えば、満員の地下鉄で、小さな子供やお年寄りが居れば、さっと席を譲るし、赤ちゃんが泣き出しても、迷惑そうな顔をする人なんて誰もいない。むしろ、周りの人が赤ちゃんをあやしたりするくらいだ。困ったことが起きた時も、ここまでしてくれるの? という位、親切に対応してくれたりする。
そして、少し言葉が話せるようになると、互いの距離がぐっと縮まる。一旦良い人間関係ができると、家族同様に接してくれることも多い。
「人が多い方が賑やかで良いから」といって、日本の大晦日にあたる春節前夜の家族団らんの食事の席に招いてくれたり、とにかく気持ちの温かい人が多いのだ。
こういうことは、現地に来て初めて分かったことだ。
毎年行われている日中共同の世論調査の結果によれば、日本に対して好印象を持つ中国人の比率は年々増えているそうだ。実際に日本を訪れ、自分の目で日本を見た人が増えたことによって、印象が改善したらしい。私の周りでも、「日本の街はゴミが落ちていなくて、とてもキレイだった」とか、「店員さんは皆笑顔で接客してくれて嬉しかった」というような感想を聞くことが多い。彼らが日本に対して持っていた印象が、実際に日本に行ってみて変わったのだろう。
一方で、中国に対して好印象を持つ日本人の比率は低いままだ。中国に来る前の私がそうであったように、メディアで報道される中国の一面だけを見て、或いは、日本に観光にやってきた中国人の行動だけを見て判断している人が多いのだろう。
実際、「中国って……」と良くない印象を口にするのは、一度も中国に行ったことのない人が多い。私自身、一時帰国して日本から中国に戻る時の機内で、日本人観光客を見かけることはほとんど無い。たまに見かける日本人は、明らかに出張者と思われる人だ。私の住んでいる地域には、数多くの世界遺産があるが、そうした有名な観光地を訪ねても、日本人を見かけることはほとんどない。とても残念だ。
現地に来て初めて分かることがある。
沿岸部ならば、日本から飛行機で2,3時間の距離だ。ぜひ一度中国に足を運び、自分自身で中国のリアルを感じてほしい。そして、出会った中国人に「日本人です」と話しかけてみてほしい。きっと彼らは笑顔で迎えてくれるはずだ。
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