「やらなければならない」という「劇薬」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:松永 恵(ライティング・ゼミ平日コース)
「ちょっと熱があるみたいなんですけど、大丈夫です」
そういって、若手は今日もマスクをして、出社する。
咳き込みは激しく、鼻をずっとすすっている。寒いと言っているので、熱も高めだろう。
「今日はもういいから帰りなよ」
「何かあったら連絡するから、病院に行って休んだら」
同僚達が心配して、口々に提案するが、「もうちょっとで終わるので……」「メールが気になるので……」と、若手はなかなか帰ろうとしない。
はっきり言わせていただきたい。
それは風邪という症状の前に、「やらなければならない」という劇薬に浸っている症状だ。
どの社会人の方にも、身に覚えはあるのではないだろうか。
どうしても休めない会議。
どうしても休めない打合せ。
辛くてしかたがないのに、這ってでも会社にいかなければならない、という思いにかられ、本当に這うように会社に行く。
みんなから「早く帰れ」と言われる中、いやだって、この仕事今日しなきゃだめだし……とモゴモゴ言い訳をして、結局効率の上がらない中、残業して帰宅する。
きっと、家にいることもそれはそれで精神的に辛いのだろう。
だって、誰かに迷惑をかけてしまうから。
私は長年、webディレクターの仕事に就いてきたけれど、不摂生しがちな職業だ。
web記事の更新で徹夜になることもあるし、サーバーが落ちる等のトラブルも24時間いつでもお構いなしに起こり、心がすり減ることもある。
自然、周囲には無理がたたって体調を崩す人も多いし、心の風邪を引いてしまう人も多い。
やらなければならない、しかし。
その「やらなければならない」は、あなたの健康や感情を無視してまでやらなければならないことだろうか。
仕事は全職業、全て誰かのために行う行為だと思う。
自分がどんなに疲れ切っても、誰かに迷惑をかけられない、と責任や義務を優先してしまう。
そう思った時、その辛いから逃げることは許されない、と思ってしまう。
けれど、逃げてもいいと私は思う。
その時点で体のどこかが悲鳴を上げているはずだからである。
悩みがなさそうだね、と言われる私も辛いときはたくさんある。
一時期、私はLINEでクライアントと仕事のやりとりをしていたのだが、それはもう心がズタズタになった。
いつでもLINEは飛んでくるし、飛んできたら休日でも深夜でも、すぐに返事を返さなければならない。
24時間仕事のことを考え続けた私は、ついに逃げた。
スマートフォンの電源を切り、山奥のキャンプ場へ出かけたのだ。
LINEの通知に、メールに、電話に怯えなくていい時間を、無理やり作った。
新鮮な空気の中で静かに本を読み、たき火の炎を何時間も無心になって眺めた。
日の出前に目覚め、入れたてのコーヒーを飲んでいると、大勢のキャンパーがテントから顔を出し始めた。
白い息を吐きながら、名も知らない大勢の人々と日の出を迎える景色は、それは美しかった。
たった数日だったけれど、私がいなくても世界はいつも通り動いていた。仕事も滞りなく動いていた。
私の代わりの人はいくらでもいる。
私にしか出来ない仕事など、実はほんのちょっとしかないのだ。
それから、私は辛くなったらその辛さの元を突き止め、少し距離を置くことにした。
辛さが体調に出て来たら、遠慮なく休むし、遠慮なく他の人に委ねる。
仕事は好きだし、全力でやりたいと思っているが、たまには力を抜く。
辛さとの距離をコントロールすることにしたのである。
趣味が多いので、ストレスが溜まってくると趣味に走る。
いよいよとなると、キャンプにも出かけて数日行方不明となる。
辛さを和らげ、なんとか距離を保って休み明けの出社へ覚悟を決める。
辛さの和らげ方は人それぞれだろうけれど、辛さとの距離は遠ければ遠いほどいい。辛いことなど感じずに生きていくことが、いいに決まっている。
けれど、辛さから逃げきれない人を私は大勢見てきた。
多くが、辛い方へ自分から向かっている場合が多い。
そういう時こそ、楽しいことを実行することを勧める。
映画を観たり、お酒を飲みにいったり。
辛さは笑顔で近づいてくるけれど、それに飲まれることはない。
どうやっても辛さはつきものだ。
だったら、距離を取るため逃げるに尽きる。
「やらなければならない」仕事は「劇薬」だ。
誰かのためになっていると思うことは、時に快感でもある。
実際、誰かのためになっていない仕事など、この世にはない。
けれどそれは本当に、身を削って今日しなければならない仕事だろうか。
自分にとって毒となる場合もあるということを、心に留めておきたい。
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