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メディアグランプリ

ぼったくられても通う国


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:森山祥子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「どの国が一番おすすめ?」
 
と、しょっちゅう海外をふらふらしている(と思われている)のでよく聞かれる。
そういう時は「ベトナム!」と即答している。
我ながら無責任だなと思う。
そこはこれまで旅してきた中で、一番手酷くぼったくられた国なのだから。
 
そのバイクタクシーのドライバーは、肉のない顔をして、なかなか達者な日本語を話した。
日本語が達者なんていうのは「うさんくさい現地人」の目印だと旅を重ねた今ならわかるのに、その時はうっかりついていってしまった。
バイクに乗っけてもらって、周辺の寺院と、市場と、博物館とを回り、空港まで送るというコースで、手持ちのガイドブックから判断するに、いっても3000円程度の道程。
プライベートツアーとは言え、それに2万円を請求された。
戦いに戦って、なんとかまけさせても7千円(ペーペーな旅人の交渉でも65%引きまでいけるあたり、いかに最初でふっかけているかわかる)。
途中土産屋で(高めに)買わされたコーヒーもあったので、結局1万円近く払ってしまった。
後にも先にも、万単位でぼられたのはこの時だけだ。
 
もう二度と来ない、と思った。
 
それが今では、毎年1度はベトナムへ足を運んでいる。
 
2度目のベトナムでは、神経を張りつめさせて歩いた。
気をつけてさえいればそう恐ろしいこともなく、それどころか慎重に歩く程、街の情報量の多さに興味が尽きなくなった。
間断なく過ぎるバイクの群れ、天秤棒を担いだライチ売り、湖畔の陰に涼む人々。
子供や若者が多く、国全体が理想的な人口ピラミッドを描いているのが一目してわかるけれど、それは国の成長の賜物でもあると同時に、戦時中の犠牲の多さも物語っている。
大きな駅には物乞いがずらりと並んでいるし、南部の大都市サイゴンへ行けば、枯葉剤の影響で身体のかたちの崩れた人も少なくない。
にも関わらず、日本を遥かに凌ぐWi-Fiの普及ぶりには、急速な発展が感じられる。
聞けば一月1500円程度で契約できるうえ、支払いは4、5人でシェアするのだという。
またその低価格の実現には、日本の援助もあるらしい。
 
戦争の傷跡、植民地化の歴史の功罪、IT化の波、所得格差、近隣諸国との関わり……。
歩けば歩くほど、街角の何気ない風景に多様な問題がありありと見えてくる。
 
人間も魅力的だ。
わざわざ翻訳アプリを使ってまで冗談を言うタクシーのドライバー。
数えるほどのメニューの小さな食堂で、おばあさんが仕込み、お母さんがよそい、手足の長い少女が配膳にくる、その息のあったこと。
付け焼き刃のベトナム語で注文をすれば、日本語で「ありがとうございます」とはにかんで返してくれる歳若い店員さん。
田舎の家族経営のカフェでは、アイスティーの氷が早々に溶けてしまったため、わざわざ別グラスで追加の氷を出してくれた。
そして、隙あらばお釣りをごまかそうとする、駅や公営の施設の窓口。
勿論、ぼったくるのは悪い。
でも、会計を人任せにしていれば、相手が自分に都合の良いようにするのは当然である。
厳密な値段交渉をしない方も悪いのだ。
かつて私が被害に遭ったのも、言わば平和ぼけへの代償だ。
余程たちの悪い相手でなければ、「いやいやお釣りは50万ドンでしょう」とこちらがきっぱり言い切ってやれば、それ以上しつこくは言わない。
むこうはあくまで「言うだけはタダだ」の精神で高値を言ってみているだけなのだ。
だからうまくぼれなくても、「ああだめかあ」と肩を竦めて笑っておしまい。
そのさっぱりしたところに、こちらも怒る気をなくしてしまう。
 
それは例えば、美術館を回遊する時に似ている。
そこには、美しく心を和ますものだけがあるのではない。
ターナーの牧歌的な風景画のある一方、エルンストの精神の深みを抉り出すような抽象画もある。
見ていて怖くなるものもあれば、不安になるものもあるし、心を締めつけるものもある。
勿論ダリやピカソを見れば、その意図を探って頭を捻らずにはいられない。
ひとつひとつ見ていれば、決して単調な気持ちではいられない。
感情に起伏を起こさせることがアートの機能なら、ベトナムの街を歩くことは、アートそのものだ。
 
「どの国が一番おすすめ?」
と聞いてくるからには、その人は多少なり冒険がしたいはずだ。
であれば、なんなら、1万円くらいぼったくられたって構わないのだ。
命さえ取られなければ、感じられるものは何だって感じてしまえばいい。
喜楽だけでなく、悲哀も、悔恨も、怒りも、畏怖も。
美術館には「いい作品」しかなく、そこに「善悪」はひとつもない。
あるのは「光」と「影」だ。
そのふたつがあって初めて、ものごとは魅力的になる。
管理され尽くして「光」の面しかみえなくなった観光地が多いからこそ、ベトナムの特異さが浮き彫りになる。
その意味を肌で感じたかったら、ぜひ近いうち、かの地の何でもない街並みをぶらついてみてほしい。
 
 
 
 
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2019-12-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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