「暗闇が溶かす人見知りの殻」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
飯野 曜充:記事:ライティング・ゼミ日曜コース
「うわぁ、何にも見えないや……」
文字通り光が入ってこない都内の地下室で、思わず言葉が漏れた。
眼を開けても閉じても、全く視界は変わらない。
真っ暗闇だ。
五感の一つが使えなくなった。
身体が何とか適応しようとしているのを感じる。
ここでは触れたものの感覚と、音だけで状況を把握するしかない。
手の甲の感覚と聴覚をフル活用しようと意識を集中した。
そして手元にあるのは一本の白杖。
左、右、左、右。
カツン、カツンとまるで車のワイパーの用に動かしていく。
光の無い世界に入り込んでから30分。
この新しい目の使い方にも少しずつ慣れて来たようだ。
今自分は目に頼らないで生きているんだ。
そんな感動に気分が高まっていく感じがする。
真っ暗な世界。この非日常は、作られたもの。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」
それがこのイベントの名前だった。
内容はシンプルで、光の無い世界を2時間ほど探索するというものである。
その言葉だけを聞けば中々に迫力がある。
眼に頼り切っている現代人にとって、視えないことほど
恐ろしいことはないだろう。
そんな世界で過ごすには、ガイドが必要だ。
そのガイドには、視覚障害者の方が担当することになっている。
眼に頼らずに日々の生活を送っているという意味では、確かに大先輩だ。
これらのコンセプトに興味を持ち、私は申し込むことになる。
暗闇とは、お酒のようなものだ。
その世界は他人と自分の境界を曖昧にし、孤独という概念を曖昧にする。
まるでITの世界で文字だけのコミュニケーションをするように
話すことのためらいを無くし、人を饒舌にする力があった。
そんな一風変わったイベントでの体験について紹介してみたい。
少しでも暗闇の世界に興味を持ってもらえれば幸いだ。
このイベントには、友人4人で参加した。
だいたい8~10人ほどでグループを組んで参加することになり、
知らない人ともグループになる可能性がある。
人見知りだということもあり多少は抵抗感があったが、結果から
言えば何も問題はなかった。
私たちのグループは、カーテンで区切られた薄暗い部屋に通された。
まだ薄暗い程度で、何とか見えるぐらいの明るさはある。
スタッフさんが言うには、暗さになれるためだそうだ。
しかし、徐々に光が無くなっていく。
最後には、真っ暗になった。
視覚障害者のガイドさんが先導し、声をかけてくれる。
地下室にも関わらず、足元には土の感覚や葉っぱの感覚がある。
道は舗装されているわけでもないので、お互いに助け合う必要があった。
初対面とかそんなことに構っていられない。
割と序盤から遠慮のようなものはなくなっていた。
しばらくして自然の道にも慣れたころ、民家に入ることになった。
手で入り口のあたりを触って確かめていく。どうやら縁側があるようだ。
グループで靴を脱ぎながら家に入っていく。
眼が見えていれば自分の靴を見つけることもたやすいだろう。
しかし、人数が多いこともあるし見えないこともあり、自分の靴を
もう一度履くだけでもかなり苦労しそうである。
かろうじて自分の靴を見つけ出し、その後はバーに行くこととなった。
もちろん何も見えない。
そんな環境の中でも、ガイドさんは、当たり前のようにグラスと
飲み物を用意していく。アルコールもOKなようで、自分はビールを頂くことにした。
グラスの縁に指を添えて飲み物を注いでいき、指に触れたタイミングで注ぐのを止める。
ガイドさんが日常をどのように工夫して生きているのかを知れた気がした。
暗闇の中で食べ物や飲み物を頂くというのは、なかなかに面白い経験だ。
味覚が鋭くなるという人もいるらしいが、私個人の話を言えばそこまで
変化は感じなかった。しかし、味わうことだけに集中出来ていたことは
確かだろう。
「時間になりました。 戻りましょう」
しばらくした後に、ガイドさんの声が聞こえた。
真っ暗闇の何も見えない世界なのに、私はもう少し長くいたいような
名残惜しい気持ちになっていることに気が付いた。
それは私だけではないようだ。
全く知らなかった人とも、今では気兼ねなく話し合えている。
先導されながら、何とか最初の部屋に戻ってきたようだ。
「眼を慣らしながら明るくしていきますね。」
ここで日常に戻るらしい。
ガイドさんと談笑しながら時間が過ぎていった。
少しずつ光が戻っていく。
ぼんやりとお互いの姿が認識され、こんな人と話していたのだと分かった。
そして、徐々にグループに変化が起こり始める。
お互いの姿が認識されるにしたがって、仲良く話し合っていたグループに沈黙が訪れた。
光がお互いの姿に輪郭を与えた瞬間に、元の他人同士に引き戻してしまったのだろう。
目の見えないガイドさんは、その変化を察したように黙っていた。
暗闇は怖いもの。
このイベントに参加するまでは、そんな感情があった。
しかし、暗闇で体験したのは、人と人を分け隔てる輪郭が消えてなくなり、
自分と言う人格が解き放たれたかのような瞬間だった。
暗闇は怖いものでなく、人と人をつなぐものにもなりえる。
そのような価値観の変化を味わいたければ、是非体験してみてほしい。
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