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私にとって良薬は趣味である


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記事:石田武志 (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
2010/3/27日
私は阪神競馬場にいた。
 
目的はメインのレース毎日杯に好きな馬が出走していたので応援する為だ。
 
私にとって競馬とはギャンブル面とスポーツ面の両方を楽しませてくれる趣味である。
 
ギャンブル面としては、どの馬が強いのか新聞とにらめっこして、予想をする
一種の何らかの研究職に似ている。
頭を使い研究することが好きな私に取っては予想をする時間は最高だ。
 
スポーツ面としては、好きな騎手や馬を応援する。
言い換えると好きなスポーツのチームを応援するような感じである。
しかし競馬は最大5頭~18頭が出走し馬は時速約70キロで走り
競い合うので、もちろん怪我や事故も起こる。
人間の殴り合いのボクシングのようなもので
死と隣合わせのスポーツでもある。
 
馬に跨る騎手は遺書を書いている人がいるとかいないとか……
 
観始めた当初はただ馬が競走しているだけだと思っていたのと、
競馬はギャンブルであるという
世間のイメージを鵜呑みにしていた。
 
しかし長く競馬を観ていると、
 
馬を勝利させる為に馬主、馬に跨る騎手、厩務員、調教師、裏方のスタッフ等
競馬に関わる人々がどれだけ大変か、
そしてその馬の為にもの凄い力を注いでいるということが分かった。
 
分かるようにになったきっかけは、
 
2010/3/27日に私の目の前である事故が起きたからだ。
 
私の目的のメインのレース毎日杯で
天才武豊騎手が騎乗する馬が最後の直線コースで故障を発生して転倒。
そして武豊騎手は落馬。
さらに武豊騎手は500キロ近くある後続の各馬に踏まれてしまい、
全く身動きが取れず芝生の上で倒れていた。
 
武豊騎手は日本で最も有名な騎手である。
競馬の第一人者として競馬はギャンブルだけではないということを
世間に広めてくれた人物だ。
 
2010/3/28日のスポーツ新聞を観ると
武豊騎手大怪我
長期戦線離脱という文字が。
それを観て私は衝撃を受けた。
 
この落馬事故は数年かけてゆっくりと治療を要する程の大怪我であった。
しかし、当時の武豊騎手の日本競馬への影響力はすさまじく、
抱えている有力なサラブレッドも非常に多かったという事情があり、
 
関係各所やファンなどの迷惑を考慮して、
早期の復帰を目指し落馬事故から約半年程度で復帰した。
 
しかし、これが大きな間違いであった。
 
早期に復帰した武豊騎手は、
明らかに落馬事故の後遺症を引きずって騎乗していたのである。
 
復帰したことについてマスコミ取材で本人も以下のように語っている。
「落馬事故の影響で鎖骨付近にまだ骨を付けるための板が入っている状態で正常時の半分以下の稼働でしか肩を動かすことが出来なかった」。
「治療に専念するために肩のリハビリの専門家や血中に酸素を取り入れて傷の回復を早める特殊な方法も試したがそれでも回復は非常に遅かった」。
 
武豊騎手の落馬事故による怪我はこれが初めてではなかったが
その都度状況に応じた治療を行い周りが驚くほどのスピード復帰を果たしてきた。
ところが、今回の怪我は40代という歳の影響もあり、
傷の回復が早い武豊騎手が何をやっても回復が望めない状況だった。
なので、本人にも焦りと苛立ちが明らかに出ていたと思う。
 
復帰した後は怪我を抱えながらの戦いとなり非常に厳しい現状が続いた。
落馬事故のダメージを背負ったまま騎乗してしまった結果
2010年以降は騎手の栄誉であるリーディングジョッキーからも遂に陥落。
さらにそこから二年は優秀な騎手の基準として考えられている年間「100」勝という目標にも到達することが出来ず「武豊の時代はもう終わった」。
という声が競馬関係者のみならずファンの間からも聞こえてきた。
 
そして、怪我が完治したときには若手騎手やベテラン騎手の活躍もあり
既に「武豊」の騎手としての地位は地に堕ちていた。
 
しかし、武豊騎手の逆襲はここから始まったのである。
怪我が完全完治した2012年の年末に1頭の運命の競走馬に出会う。
その馬の名は「キズナ」
「キズナ」との出会いにより、武豊騎手は再び騎手としての頂点に上り詰つめることになる。
契機となったのは2013/23日に開催された毎日杯。
2010/3/27日の毎日杯で落馬して以来
落馬のトラウマがあり馬の力を信じで騎乗をするという
かつての自分のスタイルを貫くことができていない状況だった。
 
しかし馬の力を信用して思い切ったレースをしてみようと考え、
大成功を収め「キズナ」で2013/3/23日に行われた毎日杯を勝利。
その後に日本競馬の最高峰のレースである日本ダービーを「キズナ」と共に制覇した。
こうして再び日本競馬の顔として武豊は戻ってきて、2013年以降に
年間100勝、前人未到の通算4000勝も達成して完全復活した。
 
私も精神疾患を抱えていて落ち込むこともある。
落ち込んだ時は武豊騎手の復活をヒントに
以下の4つを心の中で呟いている。
 
①何があっても人生を諦めてはいけない努力を続けていれば
必ず良い方向に行く。
②落ち込んでいても弱気になるのではなくて、思い切った行動をすること
③我慢強く粘り強く生きていると「キズナ」のような運命的な出会いがあるかもしれない。
④焦って病気を治してはいけない、焦りは禁物。
 
私に取っては医者のカウンセリングや薬よりも武豊騎手の復活が良薬になっている。
武豊騎手と競馬という趣味に出会えたことに本当に感謝したい。
今後も趣味の競馬と武豊騎手の応援を続けていく。
 
 
 
 
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2019-12-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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