中二病の私が茶道にハマった理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ日曜コース)
毎週土曜日の夕方2時間、私は異世界へ旅をする。
4畳半の小さな宇宙。部屋の真ん中にお釜があり、しゅんしゅんと湯気を立てている。床の間には掛け軸と、控えめな野の花。着物を着た私は敷居の前に両手をついて、「一服差し上げます」と挨拶する。「茶の湯RPG」の、はじまりの合図だ。
「茶道」「茶の湯」と聞いて、どんなイメージを持つだろう。
「ちょっと敷居が高い、お嬢さまのたしなみ」というのが、多くの人が抱いている印象かもしれない。少なくとも、2年前の私はそう思っていた。自分には縁のない世界だと。
転機はふいにおとずれる。2年前、子どもの卒園式を前に、私は実家の押し入れで眠っている母の着物を着ようと思いついた。スーツを新調する費用を節約できるかも……というくらいの軽い気持ちで、近所の着付け教室の門を叩いた。
着付け教室の先生は、ちょうど私の母と同じくらいの年齢で、不器用で物覚えが悪い私の手を取り、噛んで含めるように丁寧に教えてくれた。6回通って、何とかひと通り自分で着物を着られるようになった日、先生はにっこり笑って、
「もう大丈夫。合格ですよ。お茶を差し上げましょうね」
と、隣の座敷でお茶を点ててくれた。同じ場所で、先生は茶道教室も開いているのだ。
お茶の道具を運んできて、茶碗をあたため、抹茶とお湯を入れ、かき混ぜて1杯のお茶を点てる。一連の動作はとても静かで、相反する表現だが、まるで美しい音楽を聴いているように淀みなかった。
柄杓で汲んだ水を、しゅんしゅんと音を立てているお釜に先生がとろりと注ぎ入れたとき、沸騰していたお湯の温度が下がり、釜の音がふいに止まった。耳の奥がつんとするような静寂が茶室を満たす。
その瞬間、私は恋に落ちた。
「お茶を」
考える間もなく、口走っていた。
「私にお茶を、教えてください」
先生は私をじっと見て、それからにっこり笑って頷いた。
「ええ、もちろん。いつでもいらっしゃい」
……というわけで茶道を習い始めた私だが、子どもを育てながら仕事をしているので、日常は時間との戦いだ。家では急須でお茶を淹れる時間さえも惜しみ、ティーバッグを使っている。
そんな無精者が、気づけば2年間、毎週のようにお稽古に通い続けている。一体何が起こっているのか。正直、私自身が一番驚いている。
お茶を点てる手順は、すべてが厳密に定められている。茶室に入るときの足の運び、道具を置く位置、茶碗を持つとき左右どちらの手を使うかまで、私が自分の意思で決められることは何ひとつない。
それなのに、茶碗に抹茶の粉を入れ、お湯を注いで、「おいしくなるように」と念じながらお茶を点てているとき、私の心は、信じられないくらい自由になる。
「お母さん」でも「奥さん」でも、仕事をしている「髙橋さん」でもない、あらゆる肩書きと所属を茶室の外に脱ぎ捨てて、ただ1杯のお茶を点てるためだけにそこにいるということが、笑い出したいくらい愉しい。
茶室を出ると、心が静かに満たされて、いつもの風景も粒子が細かくなったように、美しく感じられる。
唐突だが、私はファンタジー小説をこよなく愛している。
『はてしない物語』『ゲド戦記』『銀河鉄道の夜』から『十二国記』まで。
中二病の私がファンタジーの魅力を語り始めると長くなるので、割愛して一言でまとめると、「行きて、帰りし物語」であるところが最高にツボなのだ。
平凡な主人公が、ひょんなことから異世界に放り込まれる。まったく別の人生を生きて、元の場所に戻ってくると、見慣れたはずの世界がまるで違って見える。物語を通じ、主人公と一緒に冒険することで、読者である私自身の中にも見えない変化が起こる。
そして茶道はたぶん、永遠の中二病な私にとって、最高の異世界ファンタジーなのだ。
お稽古に行くため、着物という「衣装」に着替えることも、茶室という「舞台装置」も、異世界感の演出に一役買っている。
茶の湯ワールドには、日常の暮らしとはまったく違うルールがあり、時間の流れる速さも違う。スマホも、腕時計も、そして武士の時代には刀も持ち込むことができなかった4畳半の異世界で、丸腰の私たちはその世界の掟に従い、「1杯のお茶で客人をもてなす」というゴールに向かって全力を尽くすほかない。
「今日は何だかスムーズに手が動く」という日もあれば、「心と体がバラバラで、全然うまくいかない」こともある。上手にできても、失敗しても、その場所でベストを尽くすことそのものが愉しく、心癒される。
日々現実の中で戦っている大人にこそ、そんな「異世界」への小さな冒険をおすすめしたい。
私はたまたま茶道だったが、人によって、スポーツだったり、ボランティアだったり、1冊の本だったりするかもしれない。人生を変える扉は案外身近なところに、何気ない顔をしてたたずんでいるのだ。
今、あなたの目の前に、異世界につながる扉がある。
中で待っているのは天使か、モンスターか。誰にも分からない。
ただひとつ、はっきりしているのは、開けたが最後、扉を開ける前の「何も知らなかった」自分には決して戻れないということ。
その扉、あなたなら開きますか? それとも――
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