自分を映し出す鏡を持つといいことがある
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記事:滝澤 優子(ライティング・ゼミ平日コース)
初めて彼の家に招かれたとき、実は結構驚いた。
しばらくお付き合いをしていて、親御さんにご挨拶に行った時のことだ。
日当たりの良いリビングの一角に大きな仏壇があったのだ。私と同じ160cmくらいの本格的なものだった。お父さん、お母さんを若くして亡くしたことは聞いていたが、形として認識したのは初めてだった。
初めて出会うものは、一瞬判断に迷うことがある。言葉を発することができない赤ん坊がわかりやすいかもしれない。赤ん坊は知らないものを見せられた時、ハッと一瞬呼吸を止める。その後、大声で泣き出すか笑って手を伸ばす。知識ではなく、波長のようなものが関係しているのではないか。
仏壇を見たとき、びっくりはしたが悪い印象はなかった。
子供のころ、親戚の家には仏壇があり定期的に手を合わせていた。大好きだったおじさんの遺影を見ながら「なむなむしたら、おじさんが喜ぶよ」と言われ、勝手に笑ったおじさんを想像していたからかもしれない。仏壇は私にとっては、とても近い存在だった。
仏壇の前に座った。ご両親が二人並んで写っているスナップ写真が置いてある。聞けば弟が小さいときに撮った写真だそうだ。笑顔が優しい。手入れが行き届いたきれいな仏壇、予想通りで嬉しかった。毎日新鮮なお水を供え、お線香をあげている彼の姿が想像できた。ご両親が亡くなって30年近く、心のこもった管理がなされていた。素直に手を伸ばすことができる温かいものを感じることができた。
彼のそれまでの印象は、優しいところはあるけれどいまいち謎な部分があった。たとえば、「俺の後ろを半歩下がってついてこい」「俺の前にしゃしゃり出てくるな」のような、今では死語だがよく言われる昭和の日本男児のようなぶっきらぼうさを感じるときがあった。ここに本来の優しさや温かさや思いやりがなければ、ただのわがままな人になる。「結婚を決めるときには親を見ろ」と聞いていた。将来の姿が今の親と似ている可能性がきわめて高いからだ。でも彼には両親がいなかった。
「親御さんにご挨拶」というのは、すでに亡くなっているお二人には会えないが、せめて写真だけでも見たいと思ったのだった。そんな気持ちでいたところに大きな仏壇、その丁寧な管理だ。彼の本質が見えた気がして安心した。
今では、私が管理している。
実際やることはたくさんあった。外からいただいたものは、いったん仏壇に供える。お花は生き生きした状態に保つ。お盆の時期にはほうずきを飾り、お正月には小さな鏡餅を供える。私はどちらかというとずぼらで忘れるタイプのため、うっかりすると毎日のお水を忘れることもある。慣れないときには気づかなかったり間違えたりしたこともあったが、夫は何も言わずに行動で示してくれた。
自分の心理状態がその管理の仕方によく出ることが分かってきた。ある日花が買ってあったことがあった。台所の流しのところに立てかけて置いてあったので気づいたのだ。仏壇の花は大輪の菊が開ききっていて葉も茶色くなっており、水も自然蒸発で少なくなっていた。慌てて、買ってくれた花と交換した。自分に余裕がなかったことに気が付いた。
今では、その状態になりそうなときには自分に警告を出すようにしている。「大丈夫か、全部出ているぞ」と。そんな時には、あえて時間をとって仏壇の掃除をする。ほこりをさらと払い、豪華な細工の部分はブラシで丁寧になぞる。それが終わったら、最後に磨けるところは磨く。やっているときは無になれるから好きだ。
必ず終わりの状態があるというのもスッキリポイントだ。部屋の片付けなどは、場所自体が広いので段取りを組むことから始める必要がある。時間が必要なのと終わりの状態が見えづらい。対して、仏壇はほこりを取るだけだ。
一通りやり終えた仏壇を見ると黒く輝いている。自分の状態もすっきりした、と感じることができるから本当に不思議だ。自分を映し出す鏡とはこのことだと思った。
トイレ掃除に似ているかもしれない。人目にあまりつきにくいところこそ、丁寧に手入れをするべきだ、という考えがある。私にとっては、それが完全に仏壇だった。きれいになったところで手を合わせて義父と義母が「ありがとう」と言ってくれたと勝手に思い、心が満たされていくことを感じる。完全な自己満足だが、それでいい。
自分を映し出す鏡は、仏壇やトイレ以外にももしかしたらたくさんあるのかもしれない。彼は結婚相手を見つけた。私はスッキリすることができる。あなたはどうなりたいですか?
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