メディアグランプリ

老化の悲しみを感じる、それ以上に


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記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ平日コース)
 
生きていると、時々、信じられないような出来事が起こる。
 
我が家は、築90年の古民家を改装した一軒家だ。
そのため、よく虫が出る。
無数の足をざわざわと動かすゲジゲジから、色鮮やかなイモムシまでその種類は千差万別。
 
その中でも、とりわけ登場回数が多いのは、ダンゴムシだ。
夏が終わり、気温が下がり始めた頃、彼らは続々と現れる。
床の隙間や、玄関の土間、トイレの窓際にキッチンと、ありとあらゆる場所にやってくる。
 
何か悪さをする訳ではないのだが、やはり気持ちのいいものではない。
私は、見つけるたびに小さくため息をついて、ティッシュでつまみ、外へ出している。
 
ある夜、入浴をしていた時のこと。
日中の暖かさとはうって変わり、その晩は、服を脱ぐのもためらわれる寒さだった。
熱めのシャワーをたっぷり浴びながら、体を洗った。
すっかり体を流し終え、気持ちよく背面の扉へ向き直ると、床にあいつがいるではないか。
 
しかも、今まで見たこともないようなビックサイズだ。
いつも現れるのは、直径5mm程度。
ところが、目の前のダンゴムシは、親指の先ほどもある。
 
とうとう、こんなボスキャラ級まで現れるようになってしまったか。
いつにも増して、大きなため息をつく。
 
でも、こんな大きなダンゴムシ、どこからやってきたのだろう。
去年入れたばかりのユニットバスだ。
隙間なんてないはず。
だいたい、小さなダンゴムシだって、浴室で見かけたことはない。
 
改めて見直すと、なんだか色もダンゴムシの色ではないような。
グレーというより、茶色をしている。
 
床にしゃがみ込み、グッと顔を近づける。
 
おかしい。ダンゴムシ特有の硬い殻が見当たらない。
足すら、なさそうだ。
もしかすると、生き物ではないのか。
 
いや、待てよ。浴室に入った時には、間違いなく何もなかったはずだ。
生き物でないとすると、どうやってここまでやってきたのだ。
 
窓に目をやるが、ぴったりとしまっている。
真上を見上げるが、そこは真っ白い天井があるばかり。
あたりをぐるりと見回すが、隙間という隙間は、しっかりと塞がれていた。
 
再度、あいつを覗き込む。
 
あっ! と思わず声が出て、顔を背けた。
 
まさか、そんなはずはない。
突然の気づきを、受け入れることができない。
 
でも、もう可能性は、他にはない。
気づきは、徐々に確信に変わる。
 
確かに、私は、ここにしゃがんでシャワーを浴びていた。
間違いなく、この子の上にお尻が存在していた。
 
答えが出れば、もう、疑いようもない。
 
これは、私の排泄物だ。
シャワーを浴びながら、私は、もよおしてしまったに違いない。
 
全裸のまま、自分の便の前で、がっくりと肩を落とす。
心の中に、山々を駆け回るあの冷たい木枯らしが吹きすさぶ。
 
驚くほどの至近距離で、自分の排泄物をまじまじと観察しまった悲しみは、確かにある。
それ以上に、排泄をしてしまった感覚がないことが怖かった。
放屁をした訳でもない。それなのに、固形物が通過した意識が全くない。
 
これが、加齢というものかと、愕然とした。
 
最近、鏡を見てびっくりすることが増えた。
目の下のくぼみも、唇のカサつきも自分のものとは思えない。
 
体力だって、めっきり落ちた。
徹夜なんて、もってのほかだし、あわよくば、22時には布団に入りたい。
 
年齢を重ねるということは、時に試練をもたらす。
だんだんと衰えていく体力や容姿は、緩やかな放物線を描くように、少しずつ変化をとげる。
 
残念なことに、意識は、それについてはいかない。
誰かが言っていたが、脳は、28歳の時の自分を標準だと認識するらしい。
どんなに、体が変化しても、頭の中の私は28歳のままなのだ。
 
そのため、28歳ではない自分と不意に向き合うとびっくりしてしまう。
こんなの私ではないと、拒否反応が出てくる。
 
同年代で集まると、鏡を覗き込んでは落ち込み、階段を登っては息切れする話ばかりをしている。
 
それでも、私たちは、心の底から加齢を悲しんでいる訳ではない。
 
先の浴室ダンゴムシ事件も、すぐに友人たちに報告をした。
 
友人たちは、ゲラゲラと大笑いをしてくれた。
さらには、私もあるよと応戦をしてくれる。
 
仲間の恥ずかしい話や、自分の失敗談を笑って話すことは、色々な経験を経て、受け入れるゆとりがある今だからこそできることだろう。
 
落ち込みながら塗る、シワを改善する高価なクリームだって、ワクワクしながらデパートのコスメコーナーを巡った戦利品だ。
 
28歳の頃には、仲良くなれなかった人と話ができる。
 
10年前には、楽しめなかった事を、おもしろがることができる。
 
今だからわかる、発見がある。
 
口には出さないが、本当は、みんな、年齢を重ねることはおもしろいことだと知っているに違いない。
 
加齢は、若者には決して明かさない、大人の秘密の楽しみなのだ。
 
だから、老化の悲しみを感じる、それ以上に、自身のうんちを飛来物だと信じ天を見上げる自分のことを、誰よりもかわいいと、私が思っていることは、どうかご内密にしていただきたい。
 
 
 
 
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2019-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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