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古典で声出しトレーニング、その効果は……

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:庵 雅美(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
「はい、どうぞ〜!」
介護中の父に声を出させるための掛け声だ。コーチ役は、うたのおねえさんのように、ちょっと大げさなくらいにハキハキと明るく言うのがポイントだ。時には、手でマイクを作り、マイクを父の口元に向ける。子供だましのようで、ふざけているようだが、いつもとはちょっと違うモードになりきると上手くいく。正直なところ、私は仕事帰りで疲れたなぁという状態だし、父の方も声を出すのは面倒なのだ。元気な掛け声がスイッチを入れるため欠かせない。
 
「さみだれをー」「はい、どうぞ!」
「あつめてはやしー もがみがわー」
 
上の句を私が唱え、父が下の句を唱える。松尾芭蕉の奥の細道だ。小学生の時に習った記憶…。奥の細道は、松尾芭蕉が江戸から出発して、奥州から北陸にかけての旅行記だ。その俳句を父の声出しトレーニングで朗唱している。春には春の句、夏には夏の句、季節に合わせた。そして今では60句ほどを暗唱している。
 
古典を使った声出しトレーニングは我が家の日課だ。今日はそんな話をしていきたい。
 
父は、だんだんと声を出さなくなっていた。あんなに大きな声を出す人だったのに……。
 
「何にもいいことないからね」
 
そんな言葉を父の口から聞いたことはなかった。何だか落ち込んでいる。手足を動かせず、家の中を車椅子で行ったり来たりするくらいしか景色は変わらない。ネガティブな気持ちになって当然だ。それが本心だろう。
 
声を出さなくなると、いいことは何もない。喉に痰もからむようになる。食事も飲み込みづらくなる。危険なのは、誤嚥性肺炎だ。そして何より、気持ちが塞ぎがちになることが、あらゆる機能を弱らせる。それは高齢者に限らないだろう。
 
声を出そう。大きな声を出そう。そして元気になろう!
ベー、と舌を出して声を出す喉の体操もあるが、何かを読んで声を出そうと考えた。父も私も、本を読むのは好きだったからだ。何を読もうか?
 
まずは、声を出すのに慣れるため、寿限無で声を出すことにした。
「じゅげむじゅげむ ごこーのすりきれ かいじゃりすいぎょのすいぎょまつ」
「ぽんぽこぴーのぽんぽこなーの ちょーきゅーめーの ちょーすけさん!」
響きの面白さで、ただ声を出しているだけで、楽しくなった。車椅子で家の中を行ったり来たりする時にも、声を出した。
 
「声を出すのって楽しいね」
 
ただ声を出すだけで、自分の発した声の響きを耳にするだけで、楽しくなるということを知った。でも、だんだん物足りなくなってきた。やはりもう少し意味のあるものを読みたい。お正月の頃でもあったので、百人一首の和歌にしようということになった。子供の頃にはあまり興味が持てなかったが、いい機会だ。
 
「あきのたのー かりほのいほの とまをあらみー」
「はい、どうぞ!」
「わがころもでは つゆにぬれつつー」
私が5・7・5を朗唱し、父が7・7を朗唱する。
 
母が古いかるたを持っていたので、それを使う。かるたは、切り替えながら、テンポよくできる。
「だんだん声が出てきましたねー」
「前に向かって声を出してみてくださーい」
「いいですねー」
1枚1枚テンションを上げていくことができる。褒めて、励ましやすい。みるみる父の声が元気になってくる。
「あと1枚です」
ゴールが見えやすのもいい。声出しトレーニングはスポーツ感覚でもあるから、途中でめげそうになるときもあるのだ。かるたはいい!
 
父と私は、毎日、繰り返し、繰り返し朗唱していたので、いつの間にか暗唱していた。ふとした時に口ずさんだりもするくらいになった。古の日本人の感情や感覚に触れたような心地になった。これはおもしろい。頭だけではなく、からだを使って鑑賞する体験だ。これって、鑑賞の原点に立ち戻ったのではないか?
 
「一緒にやるからできるね」と何度も言い合った。
「やろう」と父は言う。
 
思いがけず、父の声出しトレーニングは、介護と仕事で文学鑑賞の時間が持てない私の欲求不満の解消にもなったわけだ。介護する時間が自分のための前向きな時間にもなるのを見つけ満たされた。
 
平家物語や方丈記、思いつくまま新たなトレーニング材料に挑戦している。残念なことに、古典は文庫本が多い。もちろん、かるたは存在しない。自分で作るしかない!そんなかるたがあったら素敵だ。さっそく、即席で美文字を習い、方丈記の冒頭を清書してみた。そう簡単には美文字にはなれない……。それでも、私が書いた方丈記を見ながら朗唱するのは気分が変わる。父も喜んで、楽しんでいるように見える。父との思い出も増えた。時間を割いて、習いに行って良かった。
 
介護と仕事は心も体も重くなりがちだ。それでも、気になることがあったら出向いてみた方がいいのだ。声出しトレーニングで前向きになったのは私の方かもしれない。これからも「はい、どうぞ」と掛け声をかけてコーチに成りきりながらも、自分のためにも前に向かって声を出していきたい。
 
 
 
 
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2019-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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