メディアグランプリ

天井から落ちてきた一粒の種


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記事:市川みどり(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
これは本当の話だ。
 
ある日、天井から一粒の種が降ってきた。
ひまわりの種だった。
 
ウタマルだ……。
ウタマルからのメッセージだ。
 
瞬間的にそう思った。
 
ウタマルは、かつて我が家にいたプレーリードッグである。
 
プレーリードッグをご存じだろうか。
アメリカの草原地帯に生息するリス科の動物である。
感染症を媒介する恐れがあるということで2003年に輸入が禁止されてからペットとして飼うのは難しくなっているが、我が家ではその3年前、2000年にペットショップで一目惚れをして、家族の一員として迎えることになった。
 
人懐っこい性格で、夫や私の姿を見ると、「遊んで、遊んで」とアピールしてくる。
休みの日は、ウタマルと過ごす時間が何よりも楽しみだった。
 
ウタマルを迎えてから3年後、私は副業でe-ラーニングの添削を始めた。
通年の仕事ではないものの、時期によっては相当忙しくなった。
締め切り前にはかなりの件数をこなさねばならない。
本業以外の時間は、ほとんど副業で埋まることとなった。
一週間休み無しというのは本当に疲れる。
そして、そういう時に限って、夫は不機嫌だった。
 
こっちは休みもつぶして働いているのだから、もう少し労ってもらえませんかね?
いや、労ってくれなくていいから、せめて機嫌良くしていてもらえませんかね?
 
添削の繁忙期は、いつも険悪な空気が家庭内に漂っていて、離婚の危機も何度かあった。
 
ウタマルと遊ぶ時間も無くなっていった。
相変わらずウタマルは「遊んで、遊んで」と寄ってきたが、私は「ごめんね。お仕事だからね」と言って、すぐに仕事部屋にこもってしまった。
 
そうこうしているうちに月日が流れ、2010年7月。
ある日、仕事部屋に行く前にウタマルのケージを覗いたら、エサをほとんど食べていないことに気づいた。
大好物だったひまわりの種を差し出してみたが、食べようとしない。
元気がなく、よく見るとやせ細っている。
 
「ちょっと前から、あまり食べなくなっちゃったんだよね」
 
夫が言った。
 
「何で教えてくれなかったの!」
 
私はヒステリックに夫を責めた。
 
「仕事の邪魔しちゃいけないと思ったんだよ……」
 
そういう夫に、
 
「いやいや、仕事よりウタマルでしょ!」
 
と言い返してハッとした。
 
今まで仕事を優先してきたのは私だ。
毎日のエサやりもケージの掃除も、夫に任せっぱなし。
夫を責める資格など、私には微塵も無かった。
 
以前ウタマルを診てくれたことがある動物病院に、すぐに電話で相談したところ、そろそろ寿命が近づいていると思われるので、あまりストレスをかけずに見守ってあげてくださいとのことだった。
 
ウタマルとの別れが近づいている……。
 
突然、突きつけられたつらい現実だった。
締め切り前の一番忙しい時期であったが、もはや仕事に戻ることはできなかった。
添削の事務局に連絡をして、お休みをさせてもらうことにした。
 
それからはずっとウタマルのそばで過ごした。
彼が「遊んで、遊んで」と寄ってくることはもうなかった。
日に日に弱っていく背中を撫でながら、これまで遊んであげられなかったことを詫び続けた。
 
7月28日。
ウタマルは静かに旅立っていった。
荼毘に付すにあたり、大好物だったひまわりの種をたくさん持たせてあげた。
 
彼がいなくなった後も、私は仕事に戻れなかった。
この仕事をしていたから、ウタマルと遊んであげることができなかった。
異変に気づいてあげることができなかった。
もうこんな仕事、どうにでもなってしまえ!
 
いや、仕事に罪は無い。
悪いのは忙しさにかまけて、周りが見えなくなっていた自分である。
 
よくよく考えれば、私ができなかった分、ずっとウタマルの世話をしていたのは夫だった。
私が忙しくしているので、できるだけ心配をかけないようにとの配慮もしてくれていた。
不機嫌そうに見えたのも、私のイライラが彼に伝染していたからだ。
そのことに全く気づけなかった。
 
私は忙しくなると、周りが見えなくなるようだ。
自分のことしか考えられなくなり、知らず知らずのうちに誰かを犠牲にしてしまう。
そして、かけがえのないものを失ってしまうのだ。
失ってから気づいても、もう取り返しがつかない。
ウタマルとの日々は、もう取戻すことができなかった。
 
しかし、夫はまだそばにいてくれた。
今度は彼を失わないように、大切にしていかなければならない。
 
私は添削の仕事を辞めた。
 
と言いたいところだが、結局は辞められなかった。
人手不足で、辞めるのは忍びなかったのだ。
しばらくしてから復帰した。
ただ、これまでのように周りが見えなくなるほど頑張るのだけは絶対にやめようと誓った。
 
そして、ウタマルが旅立ってから数年が経った。
相変わらず私は添削の締め切りに追われていた。
頑張るのはやめようと誓ったはずだったが、人間、喉元を過ぎれば熱さを忘れるものである。
また少しのめり込んで、イライラし始めている自分がいた。
 
その時である。
天井からポツッと何かが落ちてきたのは。
 
それは机に落ち、跳ね返って床に落ちた。
拾ってみるとひまわりの種だ。
 
「根を詰めるなよ」
 
ウタマルからのメッセージだと思った。
私はまたしても大事なことを忘れそうになっていたのだ。
 
この一粒の種は、今でも大切に取ってある。
あの頃のように忙しさに心を亡くし、大切なものを見失わないように、私のお守りになっている。
 
 
 
 
***

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2020-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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