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みんなの心に記念碑を

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:澤田敏仁(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「文化祭の企画どうしよう?」
僕たち吹奏楽部のメンバーは、1ヵ月後に迫る文化祭について話し合っていた。
この高校ができて4年目、まだ定番の企画というものがなく、全学年揃っての文化祭も今年が2回目だ。
「去年は顧問の先生の企画でクラシックを演奏して、いまいちだったからなあ」
文化祭は自由見学になっていて、それぞれが興味のあるところに見に行く。
当然、吹奏楽に興味のない生徒は、模擬店やクラス展示に向かうことになる。
去年はクラシックの名曲を演奏したが、まったく盛り上がらなかったのだ。
せっかく大勢入部してくれた1年生のためにも、ここは成功させておきたい。
後輩たちにこの部活に入ってよかったと思ってもらいたい。
そして何より、僕たち3年生はこれが最後の文化祭、みんなの心に何かを刻みたい。
 
みんなでいろいろアイデアを出し合ったが、どれもピンとこない。
少し沈黙が続いていたときだった。
「先生に歌ってもらったら?」誰かがふっと言った。
去年の文化祭で生徒のバンドに交じって、先生がアコースティックギターで弾き語りをしたのだが、結局、これが一番うけたのを思い出した。
「それいいかも!」みんなの表情が明るくなった。
 
「じゃあ誰に歌ってもらおう?」
「……甲斐先生は?」僕が思いついた。
甲斐先生は、今年1年目の先生だ。始業式で紹介されたとき、男子生徒がざわついた。美人だった。
特に僕たち3年生は毎日甲斐先生の話で持ち切りだったが、1年生の副担任で、3年生の授業も担当していないので、全く接点がなかった。
「甲斐先生なら話題性もあるし、いいんじゃない」みんなが同意した。
交渉役は僕も含め二人で行う、ということに決まった。
 
次の日、職員室を覗くと、甲斐先生を見つけた。
「先生、僕たち吹奏楽部の3年なんですけど」と自己紹介を始めた。
「今度の文化祭で、先生に歌ってもらうコーナーをやるんですけど、お願いできますか?」
先生はしばらく黙っていた。
「……一人じゃなかったらいいわよ」渋々だったが、引き受けてくれた。
「ありがとうございます! デュエットでいいですか? 相手は誰がいいですか?」
「あなたたちに任せるわ」
僕たちはひとまず安心して職員室を出た。
 
「相手は誰にお願いしようか?」音楽室に戻ってから、再び会議になった。
この相手選びは重要だ。
男子生徒に断トツの人気を誇る甲斐先生の相手だ。ここを間違えたら、せっかくの企画が台無しになってしまう。
 
「太一はどうだろう」
太一というのは、中谷先生のことだ。
去年の夏休みには羽目を外しすぎたらしく、2学期の始業式は日焼けで真っ黒で、口ひげを生やして登校し、教頭に怒られた、軽い教師だ。
教師らしくないので、人気があり、生徒は誰も中谷先生と呼ばず、太一と呼び捨てにしている。
「太一か……。そういえば、去年の文化祭で弾き語りやってたよな」
去年のアコースティックギターで弾き語りを披露したのは、太一だった。
人前で歌うのは嫌いじゃないはずだ。歌もなかなかうまかった。
甲斐先生が緊張しても上手くリードしてくれるだろうということで、太一にお願いすることになった。
 
「中谷先生、ちょっと、ちょっと」僕たちは授業が終わって職員室に帰る太一先生を呼び止めた。
「え、なに?」太一先生は非礼な生徒の態度は気にしなかった。
「先生にお願いがあって……」と文化祭でのデュエットのことを説明した。
「いいよ!」予想通り太一は二つ返事でOKした。
 
選曲は、僕たちがいくつか候補を出して、その中から選んでもらうことにした。
曲も決まり、練習も進み、とうとう文化祭前日になった。
「澤田くん、吹奏楽部の出番は2時だったよね」と、気持ち悪いくらいに優しく話掛けてきたのは、体育教師の石阪先生だ。
柔道部の顧問で、生徒が悪さをすると、体育教官室に閉じ込められ、この先生にこっぴどく叱られていた学校の用心棒のような存在だ。3年間一緒だが、くん付けで呼ばれたのは初めてだ。
以前「吹奏楽にはまったく興味ない」と言われたこともあった。
たぶん、独身の石阪先生も甲斐先生のファンなんだろう。
大きな宣伝をしたわけではないが、吹奏楽部の噂は学校中に広まっていた。
 
翌日、待ちに待った文化祭が始まった。
僕たちは早めにお昼ごはんを食べて、準備にかかった。
ドキドキしながら、舞台袖から客席を覗いてみた。
客席の埋まり具合はまあまあだった。
 
「次は吹奏楽部の演奏です」アナウンスが告げた。
幕が上がった。
客席は満席だった。
演奏前に笑みがこぼれた。
1曲、2曲と演奏が進んでいく。
「ここでゲストの登場です」MC担当の部員が先生を紹介した。
体育館がどよめいた。
 
演奏が始まった。曲は「3年目の浮気」。場末のスナックみたいだが、観客には受けている。
甲斐先生は緊張からか、最初、声が小さかったが、太一がサポートし、だんだん声が出てくる。
吹奏楽部の演奏も体育館に響き渡った。
客席を見るとみんな笑顔だ。柔道部の石阪先生も最前列で喜んでいる。
演奏が終わると、割れんばかりの拍手と、「ブラボー!」の声、そしてアンコール。
先生を使うというのは、少し邪道な気もしていたが、この歓声はそんなことも忘れさせた。
 
こうして僕の高校最後の文化祭は終わった。
3年生は引退し、それぞれの進路に向かっていく。
卒業すれば会うことも少なくなるが、みんなの心の中に、吹奏楽部という記念碑が建っていればいいな、と思った。
 
 
 
 
***

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2020-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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