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色の名は

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Yuriko Kato(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
大学を卒業して10年以上が経つが、いまだ忘れられない講義がある。
 
「皆さん、窓の外の木立の中に何種類の緑色が見えますか? それらの緑色の名前を‘緑’を使わずに日本語で何種類言えますか?」
 
美学及芸術学専攻の1回生基礎演習の初日だった。
窓の外に目を凝らす。
木の葉の表と裏で色が違うかな、影になっているところと、光が当たっているところと……1、2、うーん、4色ぐらい?
黄緑や青緑はNGなら……えーっと、萌黄色とか?
数名の学生が当てられたが、みんなほとんど答えられない。
「一度、色の辞典を見てみてください。緑色だけでも30色はあるはずです」
 
柳色、裏葉色、木賊色、蓬色、若竹色、青竹色、老竹色、鶯色、鶸色、鶸萌黄、松葉色、苗色、若苗色、若菜色、若草色、麹塵色、山鳩色、苔色、青朽葉、海松色、青磁色、秘色、虫襖色……etc.
 
講義の後、図書館で『日本の色辞典』(紫紅社)をめくった。
染色研究家・吉岡幸雄氏によるその辞典には、植物から抽出した染料で生地を染めた色見本とともに、色の名前と由来が記されていた。名前に緑がつかないものだけで30色以上、緑がつくものを含めると40色以上もあった。
微妙な濃淡、明度と彩度、青味がかったものから黄味がかったものまで、殆ど違いが分からないような色も沢山あった。
昔の人が区別していた色が、私には見分けがつかなかったのだ。
どこでも目にしているはずの緑色、草木の色さえ、見ているようで見えていない、知っているようで知らない。
私が、かろうじて知っていた緑がつかない緑色の名は、鶯色と蓬色。それも、うぐいす餡やよもぎ餅といった和菓子を通して記憶にあっただけ。実物の鶯や蓬の色を正確に思い出すことはできない。
 
「言葉は概念です。表現する言葉を知らない、ということはそのものを理解していないことと同義です」
大学で芸術を学問すること、事象をよく観察し、理解を深める姿勢と心構えの訓示だったと思うが、私にはそれ以上の意味があるように思えてならなかった。
 
『日本の色辞典』には、赤・紫・青・緑・黄・茶・黒白・金銀、それぞれの色の意味と歴史が解説されていた。
緑色をつかさどる樹木は、古代中国の五行思想、木・火・土・金・水を構成する要素であり、人間が自然界で生活するうえで大切しなければならないものの一つと考えられていた。5世紀頃には、日本にもこの思想が広まったそうだ。
緑は、豊かな自然、生命を象徴する色である。
しかし、人が緑色を再現しようとすると、単独で緑色になる染料は世界中どこにもないという。
子供のころに、その辺にある草をちぎったり揉んだりして遊んだことがある人なら、緑色の色素が出てくることを覚えているだろう。草を煎じれば、糸や生地を容易に染めることができるのではないか、と思われる。
実際は、草木がもつ葉緑素という色素は水に弱く、また時が経つと汚れたような茶色になってしまうという。
自然にある緑から、緑の染料を抽出することはできないのだ。
昔の人は、なんとか緑色を再現するために藍の葉から抽出した青系の色と刈安や黄檗という植物から得た黄色系の色を掛け合わせて緑色をつくることを発明したという。
四季折々の自然が美しい日本では、人々はその儚さ、美しさを愛で、衣服や身の回りの装飾にその色を再現し、身にまとうことを願った。
それは、自然と共に生きることへの祈りのようにも思える。
 
常緑樹の葉は、一年中美しい緑色をたたえることから永久の命、長寿の象徴とされ、その色は常磐色、千歳緑と呼ばれた。
蓬は、打ち身や腹痛などの薬として、木賊は、乾燥させて木材を磨いたり砥いだりするために重宝されたという。
人は、植物にみられる特徴に吉祥の意味を見い出したり、生活に役立てたりしてきた。
自然の色を再現することは、自然の恵みへの感謝と賛美でもあったと思う。
 
染色の世界では、近代化とともに化学染料が主流になり、天然の植物を用いた染料より、様々な色が容易に作られるようになった。
人の文明が発達して表現できる色の種類が増える一方で、都市開発が進み自然との距離が遠くなるにつれて、自然にまつわる色の名は使われなくなってきたのだろう。
山鳩色や鶸色などと言われるより、オリーブグリーンやエメラルドグリーンなどと聞いた方が、色をイメージできる人の方が多いのではないだろうか。
もちろん、西洋由来の色の名を使うことが悪いとは思わない。
けれどそれらはあくまで舶来もので、日本の自然とは結びつかない言葉だ。
 
言葉も、時代と共に社会と共に変化する。生活様式が変われば使われなくなるモノがあるように、使われなくなる言葉だってある。
「言葉は生き物だ」などとも言われる。
生活が便利になる事、これまでにない美しいものを生み出す事は、もちろん素晴らしいことだと思う。
けれど……
 
自然を映しとる日本の色の名は、この国に暮らす人と自然との絆だと思う。
色の名を忘れるということは、自然と共に生きることを忘れることに繋がりはしないだろうか。
 
「表現する言葉を知らないことは、理解していないことと同義」
モノも情報も溢れる時代に、失われつつある言葉の背景を問い直してみる。
自然も人間も大切にする、豊な未来を考えるヒントがありはしないだろうか。環境問題が叫ばれて久しい。
洪水や台風、地震などの天災がこれまでとは比べようもないほどの猛威をふるう昨今、そんなことを思う。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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