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映画館で孤独になりたい

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記事:ちゃんなな(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
そこにいるとき、私たちは声を出すことができない。スマホを見ることもできない。トイレに行くことも極力控えるように勧められる。
2時間、長いときは3時間。ただじっと前を向いて座っている。
入場に1800円とか2000円も払っているのに。
 
お気づきの方もいるかと思うが、映画館のことだ。
コロナが広まる前は月に少なくとも2回は映画館に足を運んでいた私は、社会人になるまで映画館が嫌いだった。デートでも友だちと遊ぶのでも、「映画館に行こう」と言われたらやんわりと断ることが多かった。
 
子供の頃からじっとしているのが苦手な方だ。
そんな私には、読書と美術鑑賞はうってつけの趣味だ。
本は好きなタイミングで読み始めて、好きなタイミングで閉じればいい。読むスピードも自分次第。
展覧会の見方もかなり自由だ。気に入った作品はどれだけじっくり見ても怒られないが、それ以外はさっさと飛ばしてもいい。
 
だが、映画館での映画鑑賞は制御することができない。
大学生2年生のとき、デートで誘われた映画が本当につまらなくて心底うんざりしたことがあった。公開が終わってDVDが発売されるまで少し辛抱して、レンタルビデオ屋で借りてきて部屋でポテチと缶ビールと一緒に見て、退屈だったらリモコンで止めればよかったのに。
あーあ。なんで映画館で見ちゃったんだろう。
安くはないお金を払って座席に確保してしまったもんだから、お金のない大学生の我々は途中で立ち上がる決心もつかなかった。
それ以来、私は映画館に行かなくなった。
好きなアニメの劇場版やジブリの最新作など「絶対に映画館で見て満足できそう」と決心できたもの以外、話題作であっても自分が詳しい分野のものでなければ極力避けるようにした。
 
そんな私の映画館に対する見方が180度変わる出来事があった。
就職のために上京し、慣れない仕事に追われ、寝ても覚めても大量のメールやチャットに追いかけられる日々が続いていた頃、友人に「恵比寿ガーデンシネマで、珍しい映画が上映されているから見に行かないか」と誘われた。
映画少しためらったが、他に予定もない休日である。
散らかったワンルームの自宅で夕方まで寝て後悔するくらいなら、と思い、その日は断らなかった。
 
恵比寿ガーデンシネマは駅から動く通路「恵比寿スカイウォーク」で隔てられた高級感のある商業施設内にある。
100席前後の小さなスクリーンが2面しかない。最新の映画だけでなく過去の名作をリバイバル上映しているおしゃれな映画館だ。
その日何の映画を見たかもう思い出せないのだが、古いながら含蓄のある映画で、数年前のデートの時のように退屈させられることはなかった。
 
駅に戻る帰り道、恵比寿スカイウォークに出ている、ガーデンシネマの広告に気づいた。
絵コンテのようなイラストで上映前の座席でくつろぐカップルが描かれており、コマの外にはセリフが添えられていた。
女:「みんなで一緒に孤独になる映画館のあの感覚が好きなの」
いいコピーだな、と思った。
それと同時に、自分が上映前に電源を切ったきり、今までスマホを一度も触っていないことに気づいた。
こんなに長い時間、スマートフォンの画面を見なかったのは久しぶりだった。
 
家に一人でいても、ついついSNSやメッセージアプリでオンラインになってしまう寂しがりやのわたしが、スマホの引力から強制的に逃げて孤独になれる場所は、もしかすると映画館しか残っていないのではないか。
仕事に追いかけられながら、プライベートが充実しないことに不安になっていた私は、いつでもどこでもスマホで誰かと繋がろうとしてしまっていた。
SNSは便利で楽しい一方で、刹那的なコミュニケーションはどれだけ続けても満足することができない。
内心うんざりしはじめていた。
 
そんな状況の私には、2時間以上一つの物語に没入できる映画館での体験はとてつもなく貴重だった。
煩わしく感じていた「再生を自分で制御できない」ことはむしろ長所であり、それまで法外な値付けに思われた大人一人1800円のチケット代は破格と感じられるようになった。
スマホを切って強制的にオフラインになる。
最高の音響と鮮やかなスクリーンで映画を楽しんで、登場人物に共感して泣いたり笑ったりする。
毎日の生活で心に溜まった毒を抜く、デトックスの時間だ。
 
コロナウイルス感染拡大の煽りを受け、映画館は苦境に立たされている。閉館期間が終わっても、予定されていた新作公開の多くは延期になった。
一方私は在宅勤務になって、仕事と私生活にしっかり線引きできていない。気分を切り替えるのが難しい。
こんな状況では、私の乏しい集中力も相まって、Netflixで映画をつけても最後まで落ち着いて見ていられない。
やはりどこでも映画が見られるようになったからこそ、映画館での鑑賞体験は何にも代えがたいのだ。
 
ああ、はやく映画館に行って、孤独になりたいなぁ。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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