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時には心の雪下ろしを


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:川俣智恵子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
自分のコンプレックスをさらけ出すのは勇気がいる。
思い切って打ち明けてみると、人々は優しい。
「そんなに気にならないよ。気にしなくて大丈夫だよ」
 
4歳の頃から、吃音(きつおん)が始まった。
「あ、あ、あ、あのね」と、音を繰り返すタイプの吃音から、思春期になるにつれ、難発(なんぱつ)性の吃音に移行してきた。はじめの音が出てこないタイプの吃音だ。
電話をすれば、無言電話になる。ことばが出てこない。
高校生くらいになると、けっこう深刻な悩みになった。
 
たいていの吃音者は、子どもの頃、吃音をバカにされる。成長するにつれ、「隠したい」「どもりたくない」と思う。私もそうだった。苦手な言葉は言いやすい言葉に変えて話す。うまくごまかせば、私が吃音者だと気付かれずにすむ。
授業中、指名されませんように。
なかなかことばが出ない私のせいで、貴重な時間がどんどん過ぎていく。瀕死の金魚みたいに口をパクパクさせて、みんなの前でぶざまな姿をさらす。多感な時期、辛かった。
 
私が通う高校は、今思えば、優しい人が多かった。
中学までと違って、大っぴらに吃音をバカにされることもなくなった。思い切って友達に打ち明けると、「そんなに気にならないよ」と言ってくれる人がほとんどだった。
救われた。私が悩むほど、みんなは気にしていない。
 
けれど一方で、雪が少しずつ積もるような、重みも感じ始めていたんだと思う。
 
ある時、思い切って部活の顧問の先生に相談してみた。
「そんなに気にしなければいい。自信を持てば治るんじゃないかな」
「しゃべる以外は何でもできる。できないことより、できることに目を向けよう」
多分、先生は正しい。
自信って、どうしたら手に入るんだろう。気にしないって、どうやればいいんだろう。
 
「気にしない」「もっとポジティブに」、それができない私はおかしい。
自己否定の雪が、積もっていった。
 
ある時、ある友人と、吃音の話題になった。
すると、彼女が言った。
「それ、すごく大変な悩みだね」
え? と、私は思った。
「しゃべるって、いろいろな場面で欠かせないでしょう? そういう毎日の、何気ない一瞬一瞬に、いちいちハードルがあるっていうのは、すごく大変なことだよ。それに向かい合っているというのは、すごいことだよ。毎日、がんばっているんだね」
初めて、そんなふうに言ってもらって、すごくびっくりした。
 
こんなことで悩む私がおかしいって、ずっと自分を責めてきた。
でも彼女は、小さな悩みじゃない、と言ってくれた。
「うまく話せるかな」っていう不安と毎日向き合って、戦っている、その心の労力を認めて、ねぎらってくれた。
私の苦しみを、初めて言葉にしてくれた。
家族にも誰にも、一度もそんなことをしてもらったことはなかった。
屋根に積もった雪が、どさどさっと落ちるみたいに、心が軽くなった瞬間だった。
 
彼女の言葉に力をもらった私は、吃音などの言語障害について学べる大学を探し、入学した。
いつの日か、同じような悩みを抱える人の力になれたらと思った。
入学オリエンテーション。自己紹介で、同じ学科のみんなに、吃音のことを話した。
「私自身が、吃音を持っているので、この学科を選びました」
みんな少し戸惑った顔をしていた。どう反応したものか……と。
その時、学年担当の教授が言ってくれた。
「みんな、今大勢の前ですらすらしゃべっているこの方が、吃音だなんて、なんだか意外な感じがしますよね? 困っているように見えませんよね?」
学生たちは頷いた。
「それこそが、吃音の人たちが抱える問題なんです。あまりどもっていないからといって、悩みや苦しみがないわけじゃない。外から見ている分にはなかなかわからない。彼女は、誰にも理解されにくい問題を抱えながら、これまで人知れず苦労し、がんばってきた……、そうですよね?」
言葉が心臓に響き、声が出ない。ただ大きく頷いた。背中が、スーッと軽くなった。
これまで積りに積もっていた苦しみが、ほどけて流れていった。心の根雪がどんどん解けて、ぱあーっと青い芝生が見えた。
大半の学生は、まだ怪訝な表情をしていた。「何が、苦労なんだろう?」と。
でも私の心は、ものすごく爽やかだった。この大学に入って本当によかった。嬉し泣きしたくなるのを必死にこらえていた。
 
それまで、自分で自分が嫌いだった。どうして私は、普通では悩まないことに心を煩わせているんだろう。みんな気にならないって言ってくれているのに。
 
教授は、「症状」だけを見ていたのではなかった。それを抱える私の「不安、戸惑い、自己嫌悪」、それに全部丸ごと焦点を当てて、理解して言葉をかけてくれていた。
その言葉が私の心を温めてくれた。
 
もしあなたも、他の人から見たら小さな問題に悩むことがあったとしたら。
 
「私の悩みなんて、大したことない」と思うかもしれない。
そういう見方も間違ってはいない。でも、そのままだと、「小さな苦労を認めない」雪が積もり積もって、気付かない間に相当な重みになってくる。
 
あなたは他の人には見えにくい、小さな千のハードルを、ひそかに飛び越えている。
 
「よく、がんばっているね。人知れず、今日も越えてきたね」
「うまくできなくても大丈夫だよ。生きて、今日一日を過ごしただけで充分だよ」
 
もし、できたら、そんな見方もプラスしてみてほしい。
少しでも、心の雪下ろしができるかもしれない。
あの日、私の心が晴れたみたいに。
 
 
 
 
***

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2020-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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