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その本、新鮮ですか?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:倉持加奈(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る」
 
図書館学の講師が資料集に載っていた一文を読み上げた。
その瞬間、なんて美しい言葉なのだろうと、心が揺れ動いたのだ。
私もそのための協力をさせて欲しいとさえ思った。
それからこの一文が載っている資料集をただの教科書とは違った扱いをし、何回も手にするようになる。
手にしていない時だって、私の胸の中にこの言葉は宿り続けた。
短大を卒業して10年近く、実家を出て2回引っ越しをした今でもなお、私の部屋にこの資料集が置いてあるのはそんな理由からだった。
 
高校に入る前までは本を読むのが好きだった。
図書室の本も読んでいたし、本屋の文庫コーナーに行って気になるタイトルの本を母親に買って欲しいと頻繁にお願いしていたし、図書館にも通っていた。
高校生になって読書から離れた生活をしていた私は、進学を考える時になって困っていた。
私にはちょっとした呪縛が掛けられていたからだ。
 
「好きなことを仕事にすると、嫌いになるよ」
 
その言葉は、私が進学先や仕事を選ぼうとするたびに呼び起こされていた。
私はピアノもフルートも、もちろん歌も……進学するときに選ばなかった。
中学進学の時も高校進学の時も、学校の先生から音楽の専門へと進むように促されていたが、この呪縛があったからこそ選ばずに進んだのだ。
自分がやりたくない時、やりたくない曲でもやらなければいけない。
生き甲斐であった音楽を嫌いになることが怖かった。
 
心の底から好きという訳ではないことを選んだ方が良いんだ。
 
そういえば、昔は腐るほど本を読んでいたっけ。
学校の委員会も、学級委員じゃないときはいつも図書委員を選んでた。
本が詰まった書架を歩いているとき、確かに私は幸せだった。
違う場所に入れられてしまった本を元に戻すのが密かな楽しみだった。
もう読書ができない体質になったし、本を嫌いになったとしても、たいして心は動かないだろう。
 
私はそんな妥協の心から、熱意の無くなった本にかかわる道に決め、図書館司書の資格を取ることを選んだのだ。
 
私は学びに関してつまらないという感情はあまり持っていない。
得意と不得意で成績はバラついていたが、同じ講義を受けている生徒が眠り込んでいても、講師の話に耳を傾け、黒板を写す作業に没頭していた。
世間的にいうガリ勉という人種だ。
図書館の講義でも、まったく関係がない講義でも、同じ姿勢で受講していた。
 
だが学んでいくうちに心境に変化らしいモノが起こった。
今でも記憶に残っている、図書館学の授業。
私にとって図書館系の講義の中で一番のお気に入りだった。
受講している先生の中で一番、本と図書館に近い先生だったに違いない。
 
本という媒体がどれだけ優れているかを熱く語っていた。
図書館の経営の苦しさや、予算の厳しさも。
本を一つ図書館へ迎え入れるにも、作者によっては毛嫌いされることもあると。
 
大学の教室で聞けるとは思えない、まさに現場で働く司書の声だった。
だからこそ私は心が動いたのかもしれない。
 
私は中途半端な理由で図書館司書の資格を取得しようとこの道を選んでいたんだ。
本というものがどれだけ大事な物だという事を知らないまま、目指していたんだ。
本や図書館のことを学ぶにつれ、自分が本気になっていくのと比例して、後ろめたさは大きくなった。
 
卒業する頃には私の中に図書館司書としての意識がしっかりと根付いていた。
図書館司書の資格は無事に取得できたが、私は図書館へ就職できなかった。
就職活動を始めてすぐに気が付いたが、図書館で働くというのはかなり狭き門だった。
図書館は司書が辞める時にしか募集をかけないと、図書館学の先生が言う。
市の職員を図書館へ異動させ、司書資格を取得してくるように指示が出て、講義を受けに来る人も多いと先生は続ける。
近くの図書館に足を運んでも、ボランティア募集の張り紙しかない。
 
私はその門の狭さに諦め、大学を卒業してから自分の興味とはまったく違う仕事をしていた。
新鮮な食材を仕入れ、仕込み、調理してお客様に提供する仕事。
仕込んだ日や消費期限をラベルし、少しでも痛めば廃棄される。
消費期限に一番厳しかった店では、まだ食べられる状態でも期限が切れれば客様への提供は一切していなかった。
 
そんな仕事を10年近く続けた後、私は本に関われる仕事と出会った。
今までと全く違った業種に困惑することも多かったが、本棚を整頓している時は子供の頃と同じように、この作業が好きだと感じる。
私は今の仕事をしている中で、飲食店と今の仕事に似ている部分がある事に気付いていた。
 
本は食材と一緒で、鮮度がある。
 
学生が使う教科書が分かりやすいかもしれない。
新しい実が明らかになって内容が変わるのだ。
鎌倉幕府の1192年が実は1185年だった時は私にも衝撃があった。
だから鎌倉幕府は1192年と書かれた教科書は、消費期限が切れている。
消費期限が切れていたり、切れそうなものは並べておいてもお客様は手に取らないし、もし手にしたら間違った情報を渡してしまう事になる。
 
最近はコロナについて書かれた本がとても多く出版されているが、今がコロナ過だからこそこの流れが生まれているのであって、終息したその後になれば一気に静かになるかもしれない。
本を書く人にとって、今の旬な食材がコロナということなのかもしれない。
旬の食材が使われているなら、お客様に旬だとわかるように並べれば手に取ってもらえる確率が上がっていく。
 
本棚の下の引き出しに長い間ずっと入れっぱなしにしておくと、その本が並んでいないというそのたった一つの理由で、お客様に気付かれないままで手に取れない。
冷蔵庫の奥底に入れたことを忘れた食材は、やがてどうなるか言わなくても分かるはずだ。
 
図書館学五原則というものがある。
そのうちの一つ「すべての本に読者を」と訳される項目がある。
全ての本に、その本を求める読者が存在しているのだ。
その出会いの場である図書館は、蔵書を検索する機器を整備し、本来あるべき書架にしまわれているように管理している。
 
最近、入荷してから時間が経っている書籍を集める作業をした。
集めた本の山を見て、私は思ったのだ。
 
鮮度のあるうちに、本が求めている読者に届けなければ。
図書館とは違い扱っている本が、私が思っていたよりも、鮮度が高く賞味期限が短い。
 
私は今まで忘れていた図書館司書としての知識と使命感が順々に呼び起こされてきている。
読者を求める本のために、出来る限りのことをしていこう。
その図書を求めるお客様のためにも。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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