メディアグランプリ

こどもを失って得た初心


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:さいとう あや(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
3回めの流産が分かって、わたしに「不育症」と病名がついた。不育症というのは、妊娠はするが流産・死産を繰り返すことで、原因がはっきり分かるのはそのうち2,3割と言われている。実際、わたしも夫も検査をしたけれど原因ははっきりしなかった。ストレスも原因になりうると伝えられたけど、ふわっとしすぎていてもう少し具体的な原因を知りたかった。取り憑かれたようにインターネットで「不育症 原因」と調べ続けたが、有効な答えは得られなかった。
 
医者をしているわたしにとって、ストレスはずっと「答え」であり「ゴール」だった。不育症と同じようにストレスが原因のひとつであると言われている病気は多い。患者さんの「この症状、なんで起こるのですか?」に対して、「ストレスなんかもあると言われています」と答える。実際にそう言った時に、納得したような顔をするひとがいる。少し尋ねてみると、職場の配置移動や、こんなところで書けないようなことを吐露してもらえる場合もある。しかし、納得のいかないような顔をするひともいる。そのときわたしは「ストレスって、そんなこと言われても困りますよね」と心の中で思ったり、実際口に出したりしながら対応する。表向きは同調するが、心のどこかで「そんな風にされてもな……、理由が全くわからない病気もいっぱいあるのに、答えがわかるだけいいと思ってよ」と思うこともないわけではない。患者さんからすれば冷たいと思うかもしれないし、実際自分がされたら、このひと感じ悪いなと思うだろう。けれど、忙しい外来の合間、患者さん本人でさえ把握していない、もしくは、いきなりの第三者に話したくないようなストレスを探って、話を聞いて……、というようなことは物理的に困難だった。ストレスはある意味ゴールで、そこで一旦完結している。ストレスによってAが生じ症状Bが起きるけど、症状Bに対する治療としてAを改善させる治療法Cというものがあることが結構ある。だから、わたしがすべきことは、その次、つまり病気に対する具体的な治療法Cの提案なのだと思っていた。
 
けれどいざ自分がそのような状況になって、治療法Cを提案されたとき、ストレスが原因であると言われることの無力感をなにより実感した。治療法Cを提案されたところで、そもそもの原因であるストレスが変わらなければ、当たり前だが根本解決にならない。
診断され、原因としてストレスを挙げられたとき、わたしは、そっか、と思った。生理だってストレスでずれるしな。妊娠だってホルモンやらなんやらだしな。夫にも原因を聞かれ、「ストレスって言われたよ」と笑って答えた。でもその後けっこうたいへんだった。
ストレスを考えたとき、思い当たる節は山ほどあった。何より仕事が多忙だった。もちろん上司に相談し業務を減らしてもらうことも不可能ではなかったけれど、不育症であることを第三者に公にすることはいやだったし、仕事をしている間はなんとなく忘れられる所もあった。そもそも、妊娠・出産というのはもっと簡単にできるものだと思っていた。中学生になって初めて彼氏ができたとき、母親に「妊娠には気をつけなさい」と言われた。「思っているより簡単に子供はできるから」と。学生になって、産婦人科の授業で不育症や不妊症についても学んだ。でもなんだか他人事だった。結婚し妊娠を考えた時にも、年齢的に不妊があるかもしれないなと感じていた。だから妊娠して、ほんとうに嬉しかったのだ。その子が産まれることもなく死んでしまうなんて全く想定していなかった。しかも3回も。
それまで、自分の身に生じる事は、だいたい想定内だったように思うし、想定外にしても自分の努力やら第三者の手助けやらで解決できることがほとんどだった。こんなにも、努力やらではどうしようもないこと、誰かのせいにもできないことが生じたのは、初めてだった。
出口のない迷路にはいってしまったみたいだった。ストレスは、ゴールなんかじゃなかった。ストレスと提示されたときからストレスと向き合う日々が始まって、まさにゴールどころかスタートだった。精神的にまいってしまい、ちょっと抗うつ剤を飲んだりするくらいには落ち込んだ。
 
少しずつ回復してきて、いままで、ストレスですよ、とあっさり答えていた相手のことを考えた。わたしはなんて偉そうにしていたんだろう。お医者様だなんて時代でもない、医療は接客業だといつも思っているじゃないの。治療法の提案なんて最低限することで、もう少しくらい寄り添う気持ちがあってもよかった。
ときどき、そのひとの信者みたいな患者さんがいる先生がいる。その先生が言うなら、その先生がしてくれるなら……、どれだけ待ってもその先生に診てもらいたいし、その先生が居ないならまたべつの日に来ます、みたいな。そういう先生の外来を見学させてもらったこともあるが、ひとりひとりに時間をとても割いているとかそういうことは案外ない。さらっとして事務的な印象を受けることもある。でも、根本には、相手への深い思いやりや尊敬があるのだろう。ひとりひとりに時間をかけられるのがもちろん理想だけど、やっぱりそれは現実的に難しい。でももう少し丁寧に、初心にかえって、なんて、そもそもかえる初心もないくらい下っ端なのに偉そうにするべきじゃない。偉そうにしている、と自覚することから、きちんとはじめていかないといけない。やっぱり接客業なんだから、しかも相手は緊張している状態だし、毎日接する患者さん数十人くらいにとって、少しでも感じ良くうつりたい。
 
そのあと、わたしは夫の転勤に伴い引っ越したことで、職場もろもろが大きく変わった。現在4回目の妊娠中で、このままいけば年内には産まれるだろう。結局ストレスがなんだったのかはよく分からないし、原因がストレスだったのかも分からない。まだほんとうに産まれてくるのか不安は大きくて、妊娠の事実も、あまり多くの人には話せていないけれど、それでも少しずつ前を向いていく。きのうより少しでも丁寧でやさしいひとでありたいと願いながら。
 
 
 
 
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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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