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天職の見つけ方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:堀川 亜希子(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
まわりは薄青い朝霧がどっぷりと立ちこめている。
その湿気を帯びた空気の中、私は大型車両の助手席の上で無線を片手に静かに息を殺して時を待っていた。
今は、まだ薄暮。ようやく空が薄く色つき始める。
周りには、同じく息を潜めて時を待つ大型車両が黒々と隊列を作るシルエットが見える。
アイドリング中のエンジン音が静かな地響きを奏で、立ちこめる排気ガスの匂いが車両の大きさと数を物語っていた。
 
時は1998年。陸上自衛隊湯布院駐屯地。これから九州で最大の自衛隊演習場『日出生台』で部隊の訓練検閲が始まる。
私はこれから、駐屯地始まって以来初の女性戦闘職幹部として10数名の隊員とともに、地図を見ただけで適所と自ら判断した陣地へ前進する。
ともに動く隊員は、一九歳から親と同じ年代までと幅広い。
地図から選んだ場所が最適かどうかは、正直行ってみなければわからない。
それでも。
地形の見立てには確信がある。
大丈夫。
小隊の責任は私がとる。
なんとかならなければ、なんとかするまでだ!
そう覚悟を固め、静かに目を閉じる。
 
なんという緊張感! 体がぞくぞく痺れるほどだ!
 
……3,2,1, 今!
 
「02(マル ニー:自らの部隊の呼称) ジャンプ!(出発の意味)」
 
気合いを全隊員に送るよう自信に満ちた声で発信する。
さあ、これから二夜三日。
小部隊の指揮官として私と部下たちとの結束が試され評価される戦いが始まる。
私はこの瞬間を一生忘れないだろう……。
ジンジンする緊張感の中、天職を得た幸せに浸っていた。
 
ところで、皆さんは天職とはどのようなものと考えるだろうか?
そもそも、みずから「今の仕事は天職だ」と言うのは『おこがましいのではないか』という感覚も、謙遜の文化である日本人には多いかもしれない。
しかし、天職は自分で決めることができる。
それはひとえに
『困難に対してもわくわくする心を忘れずに立ち向かえるかどうか』
にかかっていると言っていい。
 
最初に申し上げたとおり、私は駐屯地、もっと言えば九州で初めての女性戦闘職幹部として着任した。
しかし最初から肩書きに階級がついてうまくいくほど単純ではない。
結構、それ相応の苦しい持期があった。
まず、最初は宇宙人の様に珍しがられる。
「駐屯地で見る女性には違和感を覚える」
という声は嫌でも聞こえてくる。
そんなとき、不遜にも某殺虫剤メーカーの研究員が
「研究室で見る何百匹のゴキブリは怖くないのに、家で見る一匹は怖い!」
等と言っていた記事と自分が重なってしまう。
一挙手一投足すべて見つめられる中の、究極の孤独。
なかなかやりにくい。
 
でもなんと言っても一番きついのは、自分に実績が無いという事実。
当時の私の場合、立場を裏打ちするものが『幹部候補生学校を卒業』だけ。
それで人がついてこないのは当たり前というもの。
 
だれがぺーぺーの新人に『命を預ける』でしょうか?
 
仕方がない。私はまだ「名ばかりの幹部」。
この紛れもない事実を、痛いほど強く心に刻む。
 
しばらくは、私がどこで何をしようとも『お前は何者だ?』と、こちらの動きを逐一牽制する空気が満ちた。
そうした中、私は自分の階級にこだわらずにただ黙々と勉強し、自分の技術を鍛えた。
 
すると、そのうち周りが変わり始めた。
何か困ったことがあると、機転を利かしたかのようにニコニコと助けてくれる人が出始めたのだ。なぜだろう?
 
そもそも私には、この職業を選んだ明確な意志があった。
自分の役割は、周りの反応ごときで音を上げるようでは務まらない。
「どんなことにも耐えてみせる!」
というのも、耐えられる自分でなければならない理由があった。
 
8月6日。
私の住んでいた地域では、毎年、この日は決まって小学校の登校日。
そこで、ヒロシマのことを学ぶ。
目を背けたくなるような生々しい映像が体育館に用意された巨大スクリーンに映し出される。
酷いやけどを負いつつ、呆然としている人々。
うつろなまなざしは、生きているのか、それとも……。
そう思って観ると、まぶたを動かしていることに気づき唖然とする。
この人たちは何か悪いことをしたから傷つけられたのではない。この人たちにも大切な人がいて、誰かの大切な人であったはずだ……。
そのとき
「人はこのように傷つけられてはならない!
この様に、当たり前の日常を奪われてはならない!」
と強く思った。
 
そう決意して自ら選んだ生き方だからこそ、困難は当たり前。
『大義のためならどんな苦労もいとわない』想いがあった。
だから、周りの意識や偏見からくる不都合があるのは承知の上。
周りの方々を信頼し、恥もかきすて汗をかいた。
気がつけば、検閲の中でも小隊の皆はちゃんとついてきてくれていた!
 
ある日、定年を迎える方が私に話しかけてくれた。
「あなたがこちらの不都合に対し何の文句も言わず、自分で何とかしようとされたとき、これは何が何でも頑張らなければと思ったのです」
その言葉に『ああ、温かい目で見てくださっていたのだなあ。ひょっとしたら、この方のおかげで周りに変化が起きていったのかもしれない』と思った。
 
実績がない内は、ただ耐えて頑張るしかない。
でも、そんな中でも自分なりの大義があれば人は困難も栄養にして頑張れる。
そして厳しい中でも、人には信じるに足る愛情があったりするということに気がついた。
ということは……、
天職とは
『うまくいくか行かないか、ではなく苦労もいとわず情熱を傾けられるかどうか』
なのだろう。
 
 
 
 
***

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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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