メディアグランプリ

「いちばん長く暮らした男」が、教えてくれたこと。


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記事:島田佳奈(ライティング・ゼミ特講)
 
 
17年間一緒に暮らした男は、私だけを真摯に愛してくれた。
 
寂しい夜を慰めてくれた。
退屈な日々に刺激を与えてくれた。
恥ずかしいところも全部見せられたし、どれほどみっともない自分も全部受け入れてくれたし、全身全霊で私を頼ってくれたし、悲しみを癒してくれたし、スキンシップも濃厚だったし、足の指まで舐めてくれた。
 
これほど激しく私に依存した男を、私は他に知らない。
私自身、もし彼が亡くなったら後を追いかねないほど、彼に依存していた。
 
共依存な関係は人をダメにするというが、意外と私はその状態が心地よかった。
彼と暮らすために必死で稼ぎ、彼を甘やかすために存分に貢ぎ、彼の存在が生きがいと思えるほど幸せな気持ちになった。
 
そんな最愛の男とは、エディ(チワワ)である。
 
犬の17歳は、人間だと90歳近くだという。
同居をはじめた頃は生後2ヵ月だったのに、いつしか私の歳を追い越し、今ではお爺ちゃんだ。わかってはいても、私より早く旅立ってしまう犬の寿命は短くて切ない。
 
エディの年齢は、死にたくなるほど寂しかった過去との決別を意味する。
とてつもなく孤独な日々。あれから17年も経ったのか。
 
+ + +
 
その昔、すべてを捨てても手に入れたいほど愛した男がいた。
 
今思えば、それは愛情などではなく、手に入らないものに対する「執着」だったとわかる。
だが当時は、どうしてもどうしても、その男の愛を独り占めしたかった。
だけど彼には、愛する妻と子供がいた。
 
不毛な恋を続けられるほど、私は強くない。
みっともない真似をする自分に酔えるほど、熱くなれるタイプでもない。
だから深入りする前に、不倫男とは別れた。
 
独りになった私は、しばらくの間、特定の男とつき合うことを恐れた。
誰とも恋人契約を結ばない代わりに、誰のものでもない自分のまま、いろんな男と気まぐれに遊んだ。寂しさを紛らわせるため男を自宅に連れ込み、人肌を欲し温めてもらった。
 
縛られない気楽さと、愛されない寂しさは、必ずセットになる。
深く関わらない代わりに、深く愛されることもない。
望んだ生活だったはずなのに、幸せよりも虚しさばかりが心を蝕(むしば)む。
 
「いつまでこんな暮らしをするつもり?」
我に返った次の瞬間、私の中に芽生えた感情は「死にたい」だった。
 
何のために生きているのか、わからない。
どうすれば幸せになれるのか、希望の光が見えてこない。
 
おそらくこの頃、私のメンタルは相当病んでいた。
 
そこから犬を飼うことになった経緯は、今となってはおぼろげにしか思い出せない。あまりに心が病んでいたから、当時の記憶を脳が封印してしまったのだろう。
ただ、犬を飼うと決意してから、自分でも驚くほどの行動力を発揮したことだけは覚えている。
 
わずか数ヵ月の間に、ペット可のマンションへと転居した。
仕事の合間にネットで仔犬を探し、譲渡をしているブリーダーさんと繋がった。
生後2ヵ月のチワワを札幌から空輸で迎え、エディと名付けた。34歳の秋のことだ。
 
あれから17年。
エディを迎えた部屋から6回引っ越しをした。その間、パートナーという名の男が家族として加わったり別れたりしたが、エディはずっと私の隣にいた。
私にとって誰よりも長く一緒に暮らした男は、今のところ(父を除けば)犬ということになる(笑)
 
+ + +
 
エディとの暮らしが13年を過ぎた頃、今の夫(当時は恋人)が家に泊まるようになった。
幸いエディは恋人にすぐ懐いてくれた。恋人もエディを可愛がってくれた。
その後3人で暮らすための部屋へと引越し、私と恋人は夫婦になった。
 
恋人から夫へと関係が深まるにつれ、エディは老いていった。
たまたま年齢的に時期が重なったとはいえ、その変化は切ないものだった。
 
「家族ができたから、もう寂しくないね」
「ボクのお役目は、そろそろおしまいかな」
そんなこと微塵も思っていないのに、エディは私の笑顔に安心したのか、少しずつ弱っていった。馬尾症候群でオムツ着用となり、水頭症の悪化で左半身が麻痺し、歩けなくなった。
 
小型犬は老犬になると麻酔や手術に耐えられないため、精密検査すら受けられないまま、症状を抑える投薬(対処療法)しかできない。
 
現在私は、日々エディの介護をしている。80代の両親よりも先に犬の介護をする羽目になるとは思わなかったが、赤子ほどの重さしかない犬の世話は、たいした手間ではない。唯一大変なのは、長時間留守にできないことくらいだ(自力で水すら飲めないため)。
 
「15年以上生きれば大往生」
獣医からそう言われても、心はまだ折り合いをつけられない。
さすがに今は「後追い」するほど不安定なメンタルではないが、それでもエディが虹の橋を渡ったら、正気ではいられないかもしれない。
 
「大丈夫だよ」
私の隣で優しく手を握ってくれる夫。
 
エディも、夫も、私も、いつかこの世から消えて星となる。
たとえエディがいちばん年寄りであろうと、誰が先にこの世を去るかは、わからない。
 
「死にたい」自分を救ってくれた、小さな命。
ずっと私に寄りかかることで、生きがいを与えてくれた、大きな存在。
 
エディが教えてくれたのは、生きることに意味も目的も必要ないということ。
 
限りある命だからこそ、愛しい。その輝きは、散り際まで消えない。
「ただそこにいる」だけで、誰かを救ってくれるのだ。
 
最期まで面倒を見ることは、愛情のひとつ。
犬も、人も、それは同じ。
守るべき「ふたつの命」を慈しみながら、私は生きてゆこう。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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